ロタール2世(読み)ロタールにせい(英語表記)Lothar II

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ロタール2世」の意味・わかりやすい解説

ロタール2世
ロタールにせい
Lothar II

[生]835頃
[没]869.8.8. ピアツェンツァ
ロタリンギア王 (在位 855~869) 。ロタール1世次男ベルダン条約 (843) で西ローマ皇帝の称号と,イタリア地方を得た父王の遺領は,3人の兄弟に分割され,西ローマ皇帝位は兄のルイ (ルートウィヒ2世) が獲得したが,ロタールには中部フランクが与えられた。この地を自分の名にちなみロタリンギア (ロタールの王国 Lotharii regnumから Lotharingia,のちのロレーヌとなった) と名づけた。死後メルセン条約 (870) でロタリンギアの東半分は東フランクに,西半分は西フランクに併合され,今日のドイツ,フランス,イタリアの原型が形成された。

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改訂新版 世界大百科事典 「ロタール2世」の意味・わかりやすい解説

ロタール[2世]
Lothar Ⅱ
生没年:825ころ-869

ロタール1世の息子で,ロタリンギア(〈ロタールの王国〉の意。ロートリンゲン)王。在位855-869年。ロタリンギア王国は最初からロタール2世の2人の叔父カール2世とルートウィヒ2世の勢力拡張の野心にさらされた末,869年のロタールの死後,長兄のイタリア・プロバンス王ロドビコ(ルイ)2世の相続権を無視したメルセン条約によって2人の叔父に分割された。
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