改訂新版 世界大百科事典 「ワシ」の意味・わかりやすい解説
ワシ (鷲)
eagle
タカ目タカ科の鳥のうち,小型のタカ(英名hawk)に対して大型の種を一般にワシというが,分類学的にはワシとタカは区別することができない。タカ科の鳥は約220種があり,このなかで真に猛禽(もうきん)のイメージをもちワシの名にぴったりするのは,ウミ(海)ワシ類,オウギワシ類,ヤマ(山)ワシ類である(クマタカ類も含む)。コンドルに似た腐肉食のハゲワシ類とヘビ,トカゲ,カエルなどを主食とするカンムリワシ類はワシの名がつくが,ワシのイメージに合わない。ウミワシ類,オウギワシ類,ヤマワシ類は,いずれも全長50~100cmの大きな体をもつ。一般に飛翔(ひしよう)力が強く,しばしば帆翔して獲物を探す。脚は太くたくましく,とくに指のつめは大きく鋭く,大型の獲物をつかみとることができる。一般にタカ科の鳥の通例として,獲物は必ず脚でとらえ,強大なくちばしで引き裂く。単独かつがいで生活するが,ウミワシ類は冬には食物の多い河口などに集まることがある。断崖の岩棚か高木の枝に巣をつくり,1腹1~2個の卵を産む。つがいは一方が死ぬまで続くことが多い。日本ではイヌワシとオジロワシ,クマタカが繁殖し,冬にはオオワシが渡来する。
ウミワシ類はオジロワシ属8種とウオクイワシ属2種からなる。白色と赤褐色と黒色の対照が美しいアフリカ産のサンショクワシHaliaeetus vocifer,北アメリカのハクトウワシH.leucocephalus,ユーラシアに分布するオジロワシなどオジロワシ属の鳥は,広大な翼をもち,海岸や大きな湖沼で魚をとる。またカモ類,カラス類などの鳥もつかまえ,腐肉も食べる。ウオクイワシ2種は南アジアに分布し,翼が短くあまり飛翔せず,もっぱら魚を捕食する。分類学的には,ウミワシ類は,とくにトビ類に縁が近い。オウギワシ類4属4種はもっとも強大なワシ類である。オウギワシHarpia harpyjaは全長が1m近くもあり,頭部に顕著な飾羽がある。中央・南アメリカの熱帯森林にすみ,サル,ナマケモノ,大型の鳥などを捕食する。フィリピンにすむサルクイワシPithecophaga jefferyiもオウギワシと同じくらいに強大で,樹上で生活するサル類をおもにつかまえる。2属10種からなるヤマワシ類(イヌワシ属,カザノワシ属)は,脚が指の付け根まで羽毛におおわれる。この仲間はノウサギくらいまでの大きさの哺乳類をとることが多いが,北半球に広く分布するイヌワシは子ジカやオオカミをも殺し,オーストラリアのオナガイヌワシAquila audaxは小型のカンガルーを狩ることが多い。コシジロイヌワシA.verreauxiiは,アフリカの山岳部で主としてハイラックスを獲物としている。別属のカザノワシIctinaetus malayensisは東南アジアの林にすみ,軽快に帆翔し,樹上の鳥の巣を襲って,卵と雛を食べる。クマタカ類は7属20種を含み,タカの名がつくが,全長50~100cmと大きく,幅広の大きな翼をもつなどイヌワシ属に近い。アフリカの森林にすむカンムリクマタカStephanoaetus coronatusは,扇形の冠毛がある点と重い獲物を垂直に樹上に運びあげる強力な飛翔力をもつ点とがオウギワシによく似ている。小型のレイヨウやサルを食べ,美しい音色の2音からなる声をしばしば出す。クマタカは南アジアから日本にかけて分布し,日本産の大型の亜種(全長約84cm)から全長65cmの小型のものまで,地方によって大きさがかなり異なる。ノウサギなどの哺乳類のほか,キジなどを空中から襲って地上でとらえる。
人間との関係
鷹狩に使われるワシは中央アジアではイヌワシで,キツネなどをとらせる。日本では,とくにクマタカがノウサギなどをとるのに使われた。ワシは,ハンティングの対象として,また尾羽を矢羽根に利用するなどのために撃たれ続けている。これらと,繁殖力が強くないこと,森林の伐採や農薬など生息環境の悪化などにより,多くの種が急激に減少している。とくにサルクイワシは数百羽しか生き残っていない。
→タカ
執筆者:竹下 信雄
民俗,象徴
日本では,ワシはウサギ,キツネ,タヌキ,犬あるいは鶏などの家畜を襲い,つめでつかみ捕食するので,人間の子どもをもとらえて遠くに連れ去るとして恐れられてきた。岩上や老樹のこずえに巣を営んで子を育て定着するので,地名にもしばしば名づけられる。また,巨大で強力なところから霊鳥として尊ばれ,関東の鷲(おおとり)神社,大鳥(おおとり)神社などはこれを神に祭ったものであろう。古くはワシが天から子どもたちを連れてきたという信仰もあり得たかと考えられる説話がある。《日本霊異記》には皇極天皇の代にワシにさらわれた赤子が孝徳天皇の代にその父にめぐり会うことができた話をのせ,また《東大寺要録》には,この寺の創始者良弁僧正は関東からワシにさらわれて山城国につれてこられた子であるという話を記している。このような物語の背景には霊鳥であるがゆえに子どもたちを食うことなく運んだのだという考えがよみとれる。
執筆者:千葉 徳爾 バビロニア,エジプト,ペルシア,インドなどでは,ワシは太陽までも飛翔する鳥といわれ,至高,聖性,力などの意味を有し,四大のうち火と風を象徴する。ギリシアのゼウスやローマのユピテル,北欧のオーディンといった最高神,またキリスト教ではマリアやイエス・キリストはワシを標章とする。旧約聖書では神を軽んずる者に報復する鳥であり,フォイニクスやグリフォンなどの神獣,神鳥にも比肩する最高の霊鳥と認められてきた。そのためにワシを国家や皇帝,軍団の紋章とする習慣も古く,トロイアほかの古代都市ですでに用いられていた。この標章はしばしば双頭のワシの形をとり,アエネアスによりトロイアからローマへもち込まれたとされ,ローマ帝国,皇帝・軍団の象徴となった。さらにコンスタンティヌス1世(大帝)によりビザンティン帝国にもたらされ,その後もロシア,ドイツなどローマ帝国の継承者を自任する国々の標章に使われた。なお,ギリシア神話にはゼウスがワシに変身してトロイアの美少年ガニュメデスをさらい,天界の酌童とした話がある。ワシとトロイア国章との結びつきは,この神話に由来するものであろう。この美少年はゼウスに愛されたために天に昇り,みずがめ座となってわし座に並び合っているという。ゼウス(ユピテル=ジュピター)の星たる木星の第3衛星(1610年ガリレイが発見)もガニメデと名づけられている。
また大プリニウスの《博物誌》によれば,ワシは太陽を直視できるほど鋭い視力をもち,親鳥は幼鳥をつついて強制的に太陽を見つめさせ,まばたきしたり涙をこぼしたりしたものは不適格として巣からほうりだすという。鋭い視力との結びつきは,オーストリアのチロル地方の住民が帽子にワシの羽根を差す習わしにもうかがえる。その巣には〈イーグル・ストーンeagle-stone〉というクルミ大の石ないし鉄鉱石が見つかるとされ,これは親鳥が卵を産む助けに使うものと考えられたために,流産よけや夫婦和合の護符として珍重された。プリニウスはまた,強靱なワシが死ぬ原因は飢えにあるとし,年を取るにつれ両くちばしが曲がってきて最後には口を開けられなくなるからだと述べている。この見解は中世の〈動物寓意譚(ベスティアリ)〉に受け継がれ,曲がったそのくちばしを岩にぶつけて折る鳥とも信じられるようになった。さらにプリニウスによれば,ワシは好物のカメを高い空から地上に落とし,甲羅を割って肉を食う習性があり,詩人アイスキュロスはこのカメに当たって死んだとの説も流布するとしている。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報