上京・下京(読み)かみぎょうしもぎょう

百科事典マイペディア 「上京・下京」の意味・わかりやすい解説

上京・下京【かみぎょうしもぎょう】

前近代の京都市街地を南北に二分する地名で,北半を上京,南半を下京といった。現在は区名として残る。平安京左京(東半),右京(西半)から構成されていたが,右京の立地条件が悪く次第に人々の生活の場は左京に集中していった。その結果市街は南北に狭長になり,13世紀には上,下という地域概念が発生,14〜15世紀には〈上辺・下辺〉〈上京・下京〉という区分名称が用いられるようになる。このころの上京・下京の境界はほぼ二条通で,上京は御所幕府などがある政治的中心地であり,また公家武家邸宅が集中,下京は四条通を中心とした商業地区として発達していた。その後京都は応仁・文明の乱,明応の大火,天文法華一揆などでたびたび焼亡するが,その復興過程で町衆の自治的組織である〈町組〉が上京・下京ごとに結成されていった。近世に入ると豊臣秀吉の都市改造により京都の町は大きく変貌するが,上京・下京の区分は引き続き維持された。江戸時代にも上京には二条城京都所司代屋敷が造営されて前代以来の地域的性格を受け継ぎ,下京は商工業地区としていっそう発展した。明治維新後上京は上大組,下京は下大組と称され(このときの境は三条通),1878年の郡区町村編制法実施で二条通を境に上京区,下京区となった。なお現在の上京区下京区はその後の分区などで当初よりも縮小している。

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