不完全競争(読み)ふかんぜんきょうそう(英語表記)imperfect competition

改訂新版 世界大百科事典 「不完全競争」の意味・わかりやすい解説

不完全競争 (ふかんぜんきょうそう)
imperfect competition

資本制社会では営業の自由が認められ,だれがなにをどれだけつくっても基本的にはよいことになっており,企業間の自由な競争が資本制社会の一大特色であるともいえる。ところで経済学では,このような自由な競争の極限状態を完全競争とよび,基本的な理論モデルとすることが多い。これに対して不完全競争というのはどのような状態なのだろうか。大海に投じられた赤インキの一滴が海の色を変えられないように,一企業の行動が市場の価格になんらの影響を及ぼすことができない状態が完全競争である。そこで不完全競争とは,一企業がたんに〈一滴〉でないか,市場が〈大海〉でないか,どちらかの状態であるといえる。前者の極端な例としては,市場にただ一企業しか存在しない独占の場合があげられる。他企業でしばらくまねのできないような画期的な新製品を発売した企業とか専売会社の場合などがそれにあたる。後者についていえば,たとえば露地裏の駄菓子屋の例があげられる。たとえ交通量の多い国道の向こう側安売菓子屋ができたとしても,長年のつきあいもあって,固定客はその駄菓子屋を見捨てることはまずないだろう。この場合,市場は菓子の全国市場といった〈大海〉ではなく,国道のこちら側の駄菓子屋を中心とした非常に狭いものである。高いからといって顧客が離れていったりしない,つまり,買手が価格以外の要因(ブランド名・付帯サービス・立地条件など)を購買動機に織り込んで行動していることは日常よく認識される。このような現象は,製品分化ないし製品差別化とよばれている。

 このように現実の市場は,同種の製品を生産する競争企業の数はそれほど多くなく(寡占),たとえ同一の価格水準でも特定の店で(あるいは特定の企業の製品を)買ったりする(製品分化がなされている)ことも多いだろう。しかも,ある製品を作ればもうかることがわかっていても必要資本量が巨額であるとか特許や事業免許などの法的・制度的要因によって容易に参入できない(参入障壁が高い)ことも多いだろう。したがって,現実の市場では,完全競争の基本的条件(売手と買手が多数いること,製品分化・参入障壁がないこと)を満足することは少なく,不完全競争が一般的であるといえる。

 なお,参入障壁は高くとも,他の二つの条件が満たされている状態を純粋競争とよぶこともある。この純粋競争の場合には問題にされないが,独占(あるいは高度な寡占)や製品分化の程度が高い場合には,資源配分上の非効率などが問題になり,独占禁止法などにもとづく競争促進政策が必要とされている。
競争
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「不完全競争」の意味・わかりやすい解説

不完全競争
ふかんぜんきょうそう
imperfect competition

完全競争と独占との中間にある競争の型の総称。多数の売り手が同一の製品を生産・販売する完全競争の経済では、個々の企業はまったく価格に対する支配力(つまり独占力)をもたず、水平な需要曲線に直面している。これに対して産業に唯一の企業のみが存在する独占の場合には、その製品の代替品はまったくないので、企業は自社製品に対して完全な独占力をもつ。しかし通常は、競争的要素と独占的要素とが混在しており、完全に競争的ではなく、また完全に独占的ではない産業が、現実の経済では大部分を占めている。このような競争あるいは市場の型を不完全競争とよび、個々の企業はある程度の独占力を有し、右下がりの需要曲線に直面している。

 不完全競争には、企業の数が少数である寡占と、企業の数が多数である独占的競争とがある。寡占は、製造業においてよくみられる。その特色は、企業の少数性のゆえに、各企業はライバル企業の行動をかなり意識して生産・販売戦略をたてるということである。製品が同質的であるケースは、鉄鋼、アルミニウム、ナイロンなどの規模の大きい基幹産業に多くみられ、製品が差別化されているケースは、自動車、電気製品、重機械などの産業に多くみられる。独占的競争の場合には、完全競争の場合と同様に多数の売り手がいるが、各企業は他企業とすこし異なった製品(差別化された製品)を生産・販売する。このため各企業はある程度の独占力をもっている。

 不完全競争の特色は、完全競争と比べ、一般により少ない生産量が生産されることである。そのため過剰な生産能力が存在することになり、資源の効率的配分がなされず、資源が浪費されるのである。

[内島敏之]

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知恵蔵 「不完全競争」の解説

不完全競争

現実の経済では、必ずしも完全競争は成立していない。例えば、市場の企業規模は大きく、企業が価格を下げれば当該需要量が増加し、価格を上げれば当該需要量が低下する。このような市場を不完全競争の市場と呼ぶ。不完全競争下では、価格は限界費用以上になり、最低平均費用水準よりも過小な規模で操業することになる。一方、少数の大企業が市場を占有しながら互いに競争するような市場を、寡占競争の市場と呼ぶ。寡占競争下では、企業は自分の戦略が相手の戦略に影響を与え、また相手の戦略が自分の戦略に影響を与えることを理解している。例えば、自分が価格を引き上げても相手は追随しないが、自分が価格を引き下げると相手が追随するような状況を、需要曲線が屈折しているという。屈折需要曲線は、1つの戦略的相互依存関係を表している。

(依田高典 京都大学大学院経済学研究科教授 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「不完全競争」の意味・わかりやすい解説

不完全競争
ふかんぜんきょうそう
imperfect competition

広い意味では,完全競争でも完全独占でもないあらゆる競争形態をいうが,論者によってはある特定の売手の商品になんらかの選好をいだく買手群が存在する (いわゆる生産物の差別化) 独占的競争や,企業が互いの反応を考慮して相手の行動を推測し合う相互依存関係の存在する場合の寡占をさす。たとえば J.V.ロビンソンによれば,不完全競争とは,市場にかなり多数の売手が存在するが,それぞれの売手はある程度の独占力を有し,しかもその産業へ新規の競争者が超過利潤を求めて参入することが自由な市場形態をいい,このような市場で成立する均衡は完全競争均衡に比べて高価格,高コスト,過剰能力などの事態が生じるとした。

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百科事典マイペディア 「不完全競争」の意味・わかりやすい解説

不完全競争【ふかんぜんきょうそう】

品質はほぼ同じでありながら買手の好みや惰性などによって商品の価格に若干の開きが生じることがある。この場合,特定の商品の売手は売手独占に近い立場に立つが,その価格の開きが大きくなると買手は安い商品のほうに移ってしまう。このような市場における売手間の競争を不完全競争という。
→関連項目独占

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世界大百科事典(旧版)内の不完全競争の言及

【ミクロ経済学】より

…企業は,生産要素を購入して生産に使用し,生産物を販売する。企業が販売量を変更することにより価格を変化させることができる場合は不完全競争であり,企業にとって市場価格が変更不能の場合は完全競争である。生産要素の生産への投入量と生産物の産出量の間の技術的関係(生産関数)の許す範囲で,生産物の販売収入と生産要素購入費用の差である利潤を最大にするように,企業は生産物の供給と生産要素の需要を決定する。…

※「不完全競争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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