中ソ国境問題(読み)ちゅうソこっきょうもんだい

改訂新版 世界大百科事典 「中ソ国境問題」の意味・わかりやすい解説

中ソ国境問題 (ちゅうソこっきょうもんだい)

中国の東北部はシベリア(ロシア連邦,旧ソ連),北部モンゴリアを介してシベリアに,西部は中央アジア(旧ソ連領)に接しており,両国国土の直接に接する国境線は延べ7000km,モンゴルとの国境線を含めると1万kmという,世界最長の国境線である。行政区画別ではなく,軍管区(軍区)別に国境線を区分し東方から西方へと併記すると,中国の瀋陽軍区(司令部所在地は瀋陽)が旧ソ連の極東ハバロフスク)とザバイカル(チタ)の2軍管区に,モンゴルを介して,中国の北京(北京),蘭州(蘭州),新疆ウルムチ)の3軍区が旧ソ連のザバイカル,シベリア(ノボシビリスク)の2軍管区に,そして中国の新疆軍区が旧ソ連の中央アジア(アルマ・アタ,現アルマトゥイ)とシベリアの2軍管区に,それぞれ接していた。この長大な国境線は,帝政ロシア清朝と締結した一連の条約,すなわち1858年(咸豊8)の璦琿(あいぐん)条約,60年の北京条約,81年(光緒7)の改訂条約,その他さまざまの名を冠した十数の国境測量,調査議定書を含む清露条約体系で決められたものである。そして中ソ国境線の特質は,これらの条約がツァーリ・ロシアによるロシアの東漸,中国侵略を物語る記録である,ということにある。

 中国とロシア間に最初に締結された国境画定に関する条約は,1689年(康煕28)のネルチンスク条約である。この条約によって外興安嶺,ゴルビツァ川,エルクナ川が国境線と規定された。ところが璦琿条約ののち,国境は外興安嶺から黒竜江に移され,ウスリー(烏蘇里)江以東の中国領土は,初め清露共同管轄地,つづいて北京条約で,ロシア領となった。さらに中国の西域では,北京条約と1864年の〈西北国境測量・調査議定書〉によって,国境はバルハシ(巴爾喀什)湖から,東方のザイサン・ノール(斎桑泊),南方のイシク・クル(伊塞克湖)湖に移された。さらに〈改訂条約〉によって,帝政ロシアはザイサン・ノール以東とイリ西部を版図に編入した。また1884年の通称〈カシュガル議定書〉の〈中(清)露カシュガル地区国境議定書〉および94年のパミール地区の現状維持に関する中(清)露議定書の交換などによって,19世紀のパミール地区のロシア領はサリコル山脈以西にまで拡大された。20世紀に入って1911年清帝国の,また17年ロシア帝国の瓦解が起こったのちも,ロシアの中国侵略,それに伴う国境線の東への移動は,やむことがなかった。

 ソ連はチベットに対するイギリスや,中国の東北3省に対する日本と競い合い,モンゴル,新疆の両地方をこれの勢力下に入れた。さらにソ連は中国(国民党政権下の)との間に24年,懸案解決要綱についての協定に調印し,〈中ソ双方の国境を改めて画定する。画定されるまでは現在の国境を維持する〉と約束したことを無視し,モンゴルを中国から分離独立させた。また第2次世界大戦の最終局面にいたって,中国と〈友好同盟条約〉を結び,それをてこに東北3省の支配者たらんとした。ただしこのソ連の最後の企図は,50年スターリン,毛沢東の会談で結び直された〈中ソ友好同盟相互援助条約〉によって水泡に帰したのである。こうして,毛沢東の時代になってソ連の東漸に歯止めがかかるとともに,中華人民共和国政府は成立早々〈条約を基礎にして,中ソ両国国境のすべての線を定め,あらゆる国境紛争を解決する〉との政府宣言を発した。

 しかし国境の諸問題の解決は困難で,〈中ソ論争〉という状況もからんでいた。最初の公式の国境会談が中ソ間に開かれたのは,64年2月北京であったが,両国合計して200万に近い大軍が境界線を挟み対峙している状況だけに,69年3月には中国東北部アムール川(黒竜江)上の小島珍宝島(ロシア名はダマンスキー島)での初の大規模な武力衝突が発生するに至った。ソ連は現国境線は〈歴史的に形成されたもの〉であるとし現国境線の不変更を強調しているのに対し,中国は現国境線はツァーリ・ロシアが押しつけた不平等条約に基づいていることを認めるようソ連に要求し,話し合いで全面的な国境新協定を結びたいと主張し,基本的に対立したまま交渉はすすまなかった。

 ソ連におけるペレストロイカが進展するなかで,89年5月の中ソ首脳会談で,現在の中ソ国境に関する条約を基礎に,国際法の準則に従って国境問題を解決することが確認された。91年に東部国境,94年に中国・ロシア・モンゴル3国の接境地域,および西部国境について合意をみた。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android