中原氏女(読み)なかはら うじのめ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中原氏女」の解説

中原氏女 なかはら-うじのめ

?-1284 鎌倉時代の女性。
若狭(わかさ)(福井県)の御家人脇袋範継(わきぶくろ-のりつぐ)の妻。東寺領若狭太良荘(たらのしょう)(小浜市)内の末武名(すえたけみょう)の名主職をめぐって,弘長(こうちょう)-文永年間(1261-75)もと名主の出羽房(でわのぼう)雲厳養子と称する宮河乗蓮らとあらそい,相論(訴訟)にかって,同地の名主となった。弘安(こうあん)7年死去。

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朝日日本歴史人物事典 「中原氏女」の解説

中原氏女

没年:弘安7(1284)
生年:生年不詳
鎌倉中期の若狭国(福井県)御家人の妻。法名信阿。若狭国最大の在庁官人稲葉時定の孫娘で,御家人脇袋範継の妻。東寺領若狭国太良荘(福井県小浜市)の根本領主雲厳以来の相伝文書を,女性(後家)として所持し,相論に勝利して太良荘内の末武名の名主となった。

(林文理)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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