中島雅楽之都(読み)なかしまうたしと

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「中島雅楽之都」の意味・わかりやすい解説

中島雅楽之都
なかしまうたしと

[生]1896.3.12. 京都
[没]1979.8.17. 東京
地歌箏曲演奏家,作曲者。本名利之。中平福之都に師事,正派生田流を称して独立した。楽譜の使用を提唱し,楽譜の刊行に尽力したほか,宮城道雄中尾都山 (1世)らとともに新日本音楽運動を開始,1956年正派邦楽会を設立。また 1959年には正派音楽院を設立,後進育成にも努めた。作曲に『和歌の浦』などがある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中島雅楽之都」の解説

中島雅楽之都 なかしま-うたしと

1896-1979 大正-昭和時代の箏曲(そうきょく)家。
明治29年3月21日生まれ。生田流箏曲の河津園江に入門。大正2年正派生田流(のち正派邦楽会)をおこす。のち成和音楽会を結成し,新日本音楽運動をすすめた。昭和34年正派音楽院を設立。昭和54年8月17日死去。83歳。京都出身。本名は利之。著作に「私の見た夢」,作品に「和歌の浦」など。

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