中沼左京(読み)なかぬま・さきょう

朝日日本歴史人物事典 「中沼左京」の解説

中沼左京

没年:明暦1.2.27(1655.4.3)
生年天正7(1579)
江戸初期の興福寺一乗院門跡諸大夫。初名は喜多川与作,のちに元知と称した。初め近衛信尹に仕え,その推挙によって中沼家を継いで,一乗院尊覚法親王の諸大夫となる。夫人は大名茶人として知られる小堀遠州の妻の妹,弟は能書で知られた石清水八幡宮の社僧松花堂昭乗。子の元辰昭乗法嗣となって乗淳を名乗った。これらの縁などから,当時の文化人たちとの交流も盛んで,小堀遠州,金森宗和,片桐石州や,その他の茶会記にその名がみえている。

(谷端昭夫)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中沼左京」の解説

中沼左京 なかぬま-さきょう

1579-1655 江戸時代前期の茶人。
天正(てんしょう)7年生まれ。松花堂昭乗(しょうかどう-しょうじょう)の兄。近衛(このえ)家につかえ,興福寺一乗院の諸大夫(しょだいぶ)中沼家の養子となる。妻は小堀遠州の妻の妹。文筆をよくし,茶道具名物をあつめた。承応(じょうおう)4年2月27日死去。77歳。本姓は喜多川。名は元知。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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