九品寺(読み)くほんじ

精選版 日本国語大辞典 「九品寺」の意味・読み・例文・類語

くほん‐じ【九品寺】

京都府相楽郡加茂町にある真言律宗の寺、浄瑠璃寺の別称。九体の阿彌陀仏を安置している。九体寺(くたいじ)

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デジタル大辞泉 「九品寺」の意味・読み・例文・類語

くほん‐じ【九品寺】

浄瑠璃寺じょうるりじ

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日本歴史地名大系 「九品寺」の解説

九品寺
くほんじ

[現在地名]八幡市八幡長田

長田おさだの北部にある。浄土宗、蓮台山と号し、本尊阿弥陀如来。貞観年中(八五九―八七七)行教の開基という。もとは石清水いわしみず八幡宮境内三の鳥居の西、元三がんさん堂の隣、梅本うめもと坊の傍らにあったといい、阿弥陀堂とも称したという。石清水八幡神の本地に関しては、「宮寺縁事抄」の宇佐宮銘下に、「金色鳩之光、写和尚袖、弥陀三尊之影、現和尚之衣、因弥知感応之掲焉」とみえて、宇佐八幡神が弥陀三尊として現れたとする。

九品寺
くほんじ

[現在地名]園部町船坂

船坂ふなさかの南東部を北流する本梅ほんめ川が園部川に合流する手前の西岸山麓にある。鴫尾山と号し、真言宗御室派、本尊千手観音。寛文二年(一六六二)九月付の「九品寺常住沙門の記」をはじめ三本の縁起がある。これらによると、弘仁元年(八一〇)弘法大師の草創という。その後、住僧の加持によって白河天皇に皇子(堀河天皇)が生れたため、白河天皇は承暦三年(一〇七九)阿弥陀堂・五重塔・鐘楼などを建立、さらに第三皇子覚行法親王を入山させて中興したといわれる。

九品寺
くほんじ

[現在地名]御所市大字楢原

葛城かつらぎ山の東麓にある。山号は戒那山。浄土宗。本尊の木造阿弥陀如来坐像(像高一二三センチ)は平安後期の作で、国の重要文化財に指定されている。本堂は明和五年(一七六八)の再建。寺伝では行基の開基、もと戒那かいな千坊に属したという。永禄年間(一五五八―七〇)弘誓が浄土宗に改宗。中世に勢いを振るった楢原氏の菩提寺で、同氏一族の墓碑がある。末寺石川いしかわ薬師堂から移した薬師如来の胎内墨書銘には、「和州南都 宿院仏師屋源次源四郎 弘治三年丁巳八月廿七日 空阿弥光西春教 光阿弥善西 云々」とある。

九品寺
くほんじ

[現在地名]鎌倉市材木座五丁目

光明こうみよう寺の近く、蔵屋敷くらやしきに位置する。浄土宗。内裏山霊岳院と号する。本尊阿弥陀三尊。開山は暦応四年(一三四一)没の風般順西、開基は新田義貞と伝える。元禄八年(一六九五)本山光明寺蔵「末山起立史」九品寺の項によれば、応永一四年(一四〇七)没の三世順妙を中興開山とし、古くは現在地より東三町の山際にあり「三島大明神」の別当であったが荒廃し、至徳(一三八四―八七)頃に順妙が再興を図ったが建物は破壊、土地も百姓の手に移っていたために今の地へ移り再興したという。

九品寺
くほんじ

[現在地名]御坊市湯川町小松原

小松原こまつばら南端にある。紫雲山安養院と号し、浄土宗。本尊阿弥陀如来。「常楽記」康暦二年(一三八〇)三月一八日条に「了賢坊妻室於紀州小松原宿他界」として「熊野下向、於九品寺荼」とみえるが、開基は遊行派の僧と伝えるのみで寺歴は不明。慶長年中(一五九六―一六一五)に宝誉が浄土宗寺院として再興、日高ひだか郡内に末寺四五寺、又末寺一〇寺を擁する寺となった。

九品寺
くほんじ

[現在地名]有明町大浦

大浦おおうらの中央部、有明海を望む丘陵上にある。平囲山と号し、浄土宗。本尊阿弥陀如来。正保二年(一六四五)代官鈴木重成が建立。開山信誉教我。願主の栖本組大庄屋小崎治右衛門は境内および周辺の山林を寄進し、その見返りに鈴木代官からくろ島・たけ島を与えられた(元禄四年六月「大浦村明細帳」北野文書)

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世界大百科事典(旧版)内の九品寺の言及

【浄瑠璃寺】より

…本尊阿弥陀如来像。本堂に9体の阿弥陀如来を安置するので,九品(くほん)寺とも,九体(くたい)寺ともいう。境内は広潤で幽邃の景勝地で,大門を入ると眼前に阿字池が広がる。…

※「九品寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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