人権教育(読み)ジンケンキョウイク

デジタル大辞泉 「人権教育」の意味・読み・例文・類語

じんけん‐きょういく〔‐ケウイク〕【人権教育】

人権に関する知識や、人権を擁護・促進するための技術および態度を養うことを目的とする教育。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「人権教育」の意味・わかりやすい解説

人権教育
じんけんきょういく

人権尊重のための知識、技術および態度を養うことを目的とする教育。国連の「人権教育のための世界計画」行動計画では、「知識の共有、技術の伝達、および態度の形成を通じ、人権という普遍的文化を構築するために行う、教育、研修および情報である」と定義されている。

 その要素として含まれるのが、次の三つである。

(1)知識・技術 人権および人権保護の仕組みを学び、日常生活で用いる技術を身につけること。

(2)価値・姿勢 価値を発展させ、人権擁護の姿勢を強化すること。

(3)行動 人権を保護し促進する行動をとること。

 つまり、ひとりひとりの存在と可能性を大切にする明日の社会を形成するため、市民のエンパワーメント(自分で意思決定し、行動できること)を目ざすのが人権教育である。

 さらに、広義では、世界人権宣言(1948年)第26条で、「すべて人は、教育を受ける権利を有する」とされているように、「人権としての教育」の意味も有している。つまり、学校教育、社会教育が教育権保障の場となっているかどうかを検証することも人権教育の課題である。

[生田周二]

沿革

人権教育は、国際的には1980年代に登場し、とりわけ1990年代に、より自覚的に取り組まれるようになる。その背景には、冷戦終結後のナショナリズムの台頭、人種差別主義、外国人排斥、性差別、宗教的非寛容によって引き起こされている深刻な人権侵害があった。1994年12月の国連総会において、「人権文化」を創造することを目ざし、1995年から2004年までを「人権教育のための国連10年(以下「国連10年」と記述)」とする決議が採択された。日本政府は、1995年(平成7)12月の閣議において、国連10年推進本部を設置し、1997年に国連10年国内行動計画を策定した。さらに、2000年に「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」(人権教育・啓発推進法)が制定された。同法第7条の規定に基づき、人権教育・啓発基本計画(2002年)が策定され、政府は、当計画に基づき、人権尊重社会の早期実現に向け、人権教育・啓発を総合的かつ計画的に推進していくことになった。

 国連10年終了後、2004年12月には国連総会が、「人権教育のための世界計画」を2005年に開始する宣言を採択した。第1段階(2005~2009年)は、初等中等教育に焦点をあてることを決定した。こうした動向と連動して、日本では、人権教育の指導方法等に関する調査研究会議が設置され、「人権教育の指導方法等の在り方について 第三次とりまとめ」(2008年)が出されている。

[生田周二]

日本の人権教育の概観

日本国内における人権教育の展開は、前記の「人権教育のための国連10年」を一つのルーツとしつつ、部落問題に対応した同和対策事業の展開と終了がもう一つの大きなルーツとなっている。

 同和対策審議会答申(1965年)を踏まえ、1969年(昭和44)から実施された同和対策事業は、地域改善対策事業などと名称を変えて展開し、2002年(平成14)3月で事業を完了した。この間、同和教育の名のもとで、おもに部落問題が抱える教育課題に対応して、学校教育においては長期欠席不就学への対策、社会科や道徳および特別活動の時間を活用した学習活動、同和奨学金制度の確立、同和教育推進教員の設置など、また社会教育においては各種講演会・研修会等の実施、同和教育推進協議会の設立、地区別懇談会の実施などの「特別措置」が行われてきた。

 以上の経緯のなかで、地域改善対策協議会意見具申「同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基本的な在り方について」(1996年)ならびに閣議決定「同和問題の早期解決に向けた今後の方策について」(1996年)を受けて、人権擁護施策推進法(1996年)が制定された。同和対策にかかわる特別措置法以後の重点は、人権教育・啓発の推進と人権擁護制度の改革に移行したのである。

 人権教育・啓発基本計画は、人権教育を「人権尊重の精神の涵養(かんよう)を目的とする教育活動」(人権教育・啓発推進法第2条)と定義し、現状での人権課題として、同和問題のほかに、女性、子供、高齢者、障害者、アイヌの人々、外国人、HIV感染者やハンセン病の患者および元患者、刑を終えて出所した人、犯罪被害者等、インターネットによる人権侵害などに関する課題を例示している。

 人権教育は、国際的な流れと国内的な流れを踏まえ概括すると次の点を特徴とする。第一に、人権保障のシステムや人権課題の学習へと内容が多様化し、参加者の主体性を大切にする方法の採用へと変化している。第二に、学習内容の設定などの際に、関係する人々の参画のあり方が検討されてきている。第三に、差別・偏見への対応だけではなく、セルフ・エスティーム(自尊感情)とエンパワーメントを志向しつつ、解決への道筋や救済モデルを検討する研修が増えてきている。第四に、そうした研修などを担うファシリテーター(促進役)等の指導者の養成が重要視されてきている。

[生田周二]

『森田ゆり著『多様性トレーニングガイド――人権啓発参加型学習の理論と実践』(2000・部落解放・人権研究所、解放出版社発売)』『ヨーロッパ評議会企画、福田弘訳『人権学習のためのコンパス(羅針盤)』(2006・明石書店)』『生田周二著『人権と教育――人権教育の国際的動向と日本的性格』(2007・部落問題研究所)』

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知恵蔵 「人権教育」の解説

人権教育

人権を尊重する精神・態度などを養うことを目的とする教育。社会に根強く残存する差別を正しく受け止め、一切の差別を許さない精神・態度をもった国民の育成を重要な課題とする。同和教育を始めとして、子供、女性、高齢者、障害者、在日外国人などに関する、同様の趣旨の教育が重要視されている。男女平等教育は、女子差別撤廃条約が1985年に批准されたのを機に、家庭科の男女共修が小・中・高校を通じて実現、体育でも男女共通が増えている。出席簿を男女混合とする学校が増えているのも、同じ思想に根差す。94年12月の第49回国連総会で、95年から2004年までの10年間が人権教育のための国連10年とされていた。

(新井郁男 上越教育大学名誉教授 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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