人間科学(読み)ニンゲンカガク(英語表記)sciences de l'homme
sciences humaines[フランス]

デジタル大辞泉 「人間科学」の意味・読み・例文・類語

にんげん‐かがく〔‐クワガク〕【人間科学】

人間にかかわる諸事象を総合的に研究しようとする経験科学総称

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精選版 日本国語大辞典 「人間科学」の意味・読み・例文・類語

にんげん‐かがく ‥クヮガク【人間科学】

〘名〙 人間にかかわる諸事象を総合的に研究しようとする経験科学の総称。

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改訂新版 世界大百科事典 「人間科学」の意味・わかりやすい解説

人間科学 (にんげんかがく)
sciences de l'homme
sciences humaines[フランス]

人間にかかわる諸事象を探求する諸科学の総称。人文科学とほぼ同義で用いられることもあるが,とくに1960年代以降,言語学人類学精神医学,精神分析,心理学,社会学をはじめ,脳神経生理学や動物行動学などを含む人間の諸活動の科学的探求が,旧来の人間理解を根底的に揺るがすほどに発達したのにともない,人文科学に代わってこの語が用いられるようになった。

 人間的諸事象の探求は,もちろん古くから行われたが,西欧近世になって自然科学が発展するとともに,とくに18世紀のイギリスフランスで,自然科学の方法を人間的諸事象にも適用して探求することが試みられるようになった。たとえばD.ヒュームは,旧来の道徳哲学moral philosophyに代わって,モラル領域(社会を含む人間の諸活動)に自然科学の方法を適用する〈人間の学science of man〉を主張し,あるいはサン・シモンは,生理学と心理学を基礎に人間精神の進歩の歴史(社会理論)を探求する〈人間科学〉を構想した。このころにはすでに,ルネサンス以来の〈人文学humanities〉の継承発展のなかで,文献学(言語学)や心理学や民族誌的な研究も発展するとともに,市民社会の〈解剖学〉としての経済学もその探求領域を確立していたが,生物学,生理学,解剖学,医学などの発展とあいまって,〈人間〉を対象とする諸科学の総合としての人間科学の確立への関心がいっそう高まった。

 19世紀は,その意味で,人間に関する科学の世紀ともなったが,しかし〈人間〉を理性をもつ何らか超越的な精神的存在と考える人間観がなお持続したから,科学の探求対象である人間が,同時に探求する主体でもあるという矛盾,換言すれば,人間科学が発展すればするほど精神的存在としての人間が見失われるという矛盾がつきまとった。とくに人間を精神的存在としてとらえる哲学的伝統の強かったドイツでは,経験科学の伝統の強いイギリスやフランスに対して,この矛盾に敏感であった。イギリスでは,たとえばJ.S.ミルはモラル・サイエンシズという言葉で歴史学,文献学(言語学),経済学,社会学,人類学,心理学,法学,宗教学などを含む〈人間本性に関する諸科学sciences of human nature〉を意味したが,この語はドイツ語に訳されて〈精神科学Geisteswissenschaft〉となり,やがてディルタイが客観化された精神としての〈文化〉を理解する解釈学的探求の学をこの名で呼んだ。また新カント学派ウィンデルバントやリッケルトは,〈歴史科学Geschichtswissenschaft〉〈文化科学Kulturwissenschaft〉という語で,人文諸科学を自然科学とは本質的に異なる科学として分別しようとした。ドイツ哲学の影響の強かった日本においては,〈人文科学〉という用語は,ドイツ的な〈精神科学〉〈文化科学〉に近い内容を意味している。そこからまた,〈社会科学〉を,より経験的な科学として,人文科学と区別することにもなった。

 しかし,20世紀に入って,人間についての経験科学がますます多様に発展すると,旧来の〈人間〉の観念がしだいに解体された。第1次世界大戦後のドイツで,〈哲学的人間学〉が,見失われた人文諸科学の基礎としての〈人間〉を求めたが,まだ近代的人間観を脱しえなかった。さらに第2次大戦後の1960年代に,とくにフランスで再び人文諸科学を総合する視座が探求されはじめたが,そこでは近代的な〈人間〉を自覚的に排去して,動物と人間,自然と文化の間に横たわる未明の領域の新しい探求が試みられている。レビ・ストロースやフーコーらの構造主義的探求がその端緒であり,これらの試みとともに,〈人文科学〉という語に代わって,社会科学をも含む広義の〈人間科学〉という語が用いられることになった。
人間学
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「人間科学」の意味・わかりやすい解説

人間科学
にんげんかがく

もともとフランス語のscience de l'hommeの訳語であったといわれるが、いまではヨーロッパ語での語源にこだわらない、日本語の単語として流通している。そうしてその意味も、使う人、場合によってさまざまである。たとえば大学で、伝統的な文学部とは少し肌合いの違う人文系の学部をつくるときに、これに「人間科学部」の名前を与えている場合がある。こういう学部には、哲学者も「哲学的人間学」の担当者ということで参加していることがある。これに対し、生物学、生態学のなかの人間に関する部分と、ロボット工学、人間工学とを組み合わせたようなものを中心として人間科学のイメージを描いている人もいる。また、精神分析学や文化人類学、民族学、言語学などを核としたうえで、文学にもかなり接近したものを「人間科学」とよぶ言い方がジャーナリズムではやったこともある。ギリシア語までさかのぼれば、人類学と同じ語源のことばということになろう。

[吉田夏彦]

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世界大百科事典(旧版)内の人間科学の言及

【人間学】より

…その背景にはカントやL.A.フォイエルバハの人間学,M.シェーラーが開拓しハイデッガーも論じる〈哲学的人間学philosophische Anthropologie〉などの受容と了解の進展がある。 西洋でも,成立当初の原語は人間の自然本性の理論,とくに心と身体とを対象とする心理学と身体学,解剖学を指し,18世紀以降は人間の文化的特質への反省と経験的考察とが加わり,19世紀以降,自然人類学,文化人類学が成立し,20世紀には人間の営為と所産とを対象とする諸学が人間科学と総称されるに至るが,人間の本質に関する理論的・総合的考察が哲学的人間学として成立するのは,1920年代後半のシェーラー,プレスナーなどの主張以来のことであった。 では人間学,哲学的人間学に固有な分野とは何であるか。…

※「人間科学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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