朝日日本歴史人物事典 「伊庭貞剛」の解説
伊庭貞剛
生年:弘化4.1.5(1847.2.19)
明治時代の実業家。近江国蒲生郡武佐村(滋賀県近江八幡市)に生まれる。叔父の住友家筆頭番頭の広瀬宰平の招きにより,明治12(1879)年司法官から転じて住友に入り,重役となる。別子鉱業所支配人などを経て,33年総理事となり,住友の財閥化の基礎を固めた。大阪紡績,大阪商船の設立にかかわり,大阪商業会議所議員となるなど,住友家を代表して大阪財界でも活躍した。37年総理事を鈴木馬左也に譲って引退。<参考文献>神山誠『伊庭貞剛』,西川正治郎『幽翁』,住友春翠編纂委員会編『住友春翠』
(小風秀雅)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報