伊藤忠商事(読み)いとうちゅうしょうじ(英語表記)ITOCHU Corporation

改訂新版 世界大百科事典 「伊藤忠商事」の意味・わかりやすい解説

伊藤忠商事[株] (いとうちゅうしょうじ)

総合商社。旧第一勧業銀行グループの中核商社。本社大阪。創業は1858年(安政5)近江出身の初代伊藤忠兵衛(1842-1903)が半農半商の家業を兄である6代長兵衛と共同経営していたことから離れ,伏見,大阪などへ行商したのに始まる。忠兵衛はその後大阪,京都へ進出し,呉服太物商,染呉服卸,綿糸織物卸などを開業した。初代没後,次男2代目忠兵衛に引き継がれ,1914年伊藤忠合名会社となり,18年には綿糸布取引と一般輸出入を営む伊藤忠商事(株)と呉服反物,洋反物,京呉服を取り扱う(株)伊藤忠商店に分割された。この2社がそれぞれ現在の伊藤忠と丸紅母体となった。第2次大戦中,(株)丸紅商店や(株)呉羽紡績などとの合併による三興(株),大建産業(株)時代を経て,49年,過度経済力集中排除法に基づく企業分割により,大建産業から分離する形で現在の伊藤忠商事(株)が誕生した。戦後は日本経済の発展とともに,繊維商社から総合商社へと飛躍発展し,77年経営危機に陥っていた名門安宅産業(株)との合併で鉄鋼・化学部門の強化がなった。80年代以降,情報・通信分野に積極展開している。資本金2022億円(2005年9月)。売上高1兆9912億円(2005年3月期)。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「伊藤忠商事」の意味・わかりやすい解説

伊藤忠商事
いとうちゅうしょうじ
ITOCHU Corporation

総合商社。創設者は伊藤忠兵衛。安政5(1858)年麻布卸売業として創業。1872年紅忠,1893年伊藤糸店を開店し,1914年伊藤忠合名会社設立。1918年株式会社に改組して伊藤忠商事を設立。1941年丸紅商店(→丸紅),岸本商店と合併して三興となり,1944年呉羽紡績,大同貿易と合併して大建産業となった。1949年過度経済力集中排除法により大建産業が 4社に分離して,現社設立。1961年森岡興業,1964年青木商事を合併。繊維商社として発展し,高度成長期には重化学製品にも進出して総合商社の内容を整えた。1977年安宅産業,1991年青山地所を合併。1998年ファミリーマート傘下に収めた。食料品や情報・金融分野などにも進出。

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日本の企業がわかる事典2014-2015 「伊藤忠商事」の解説

伊藤忠商事

正式社名「伊藤忠商事株式会社」。英文社名「ITOCHU Corporation」。卸売業。大正7年(1918)設立。戦時中の合併を経て、昭和24年(1949)に再独立。本社は大阪市中央区久太郎町。東京本社は東京都港区北青山。発祥は安政5年(1858)伊藤忠兵衛によって創業された繊維問屋。非財閥系で最大手の総合商社。繊維取扱量トップクラス。ほかに情報通信関連・金属エネルギー関連など。東京(第1部)・名古屋(第1部)・札幌・福岡の各証券取引所上場。証券コード8001。

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世界大百科事典(旧版)内の伊藤忠商事の言及

【丸紅[株]】より

…本社大阪市中央区。1858年(安政5)近江出身の初代伊藤忠兵衛による行商が丸紅の創業とされており,もとをたどればライバル伊藤忠商事とは兄弟会社である。初代忠兵衛の事業は発展拡大し,1914年伊藤忠合名会社となり,18年には呉服反物,洋反物,京呉服を取り扱う(株)伊藤忠商店と綿糸布取引や輸出入を営む伊藤忠商事(株)とに分かれた。…

※「伊藤忠商事」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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