伝熱(読み)デンネツ(英語表記)heat transfer

デジタル大辞泉 「伝熱」の意味・読み・例文・類語

でん‐ねつ【伝熱】

物体中または空間内における熱の移動現象の総称。温度差温度勾配がある場合に生じ、熱伝導対流放射により熱が移動する。熱移動熱伝達

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改訂新版 世界大百科事典 「伝熱」の意味・わかりやすい解説

伝熱 (でんねつ)
heat transfer

温度差のある物質内を,あるいは物質から物質へ熱が移動する現象の総称。伝熱が関与する現象は自然界にもわれわれの生活の中にも数多く存在し,伝熱を無視して人間の営みは語れないといっても過言ではない。例をあげれば,太陽によって大地は加熱され,発電プラントのボイラーでは化石燃料の燃焼によって高温の蒸気が作られる。各種の熱交換器内では流体と固体壁,あるいは流体と流体との間で伝熱が行われ,その形態も蒸発や凝縮などさまざまである。家庭の中では灯油を燃やして部屋を暖房したり,ガスを燃やして調理をしたりする。寒くて凍えるとき人は息で指を暖め,やけどをしたときには同じように息を吹きつけて指を冷やす。これらはすべて伝熱の関与する現象である。現代社会のエネルギー源の大半,すなわち化石燃料,原子力,太陽熱,地熱などはわれわれが最終的に電気エネルギーや機械的エネルギーなど使途に応じた形態のエネルギーとして使用するにしても,それらはエネルギー変換の過程で一度は熱エネルギーの形をとるものが大半である。そして,熱エネルギーの変換や輸送の過程には必ず伝熱現象が付随する。

 伝熱技術は多岐にわたり,ある条件の下での伝熱量や温度分布をできるだけ正確に予測する手法はもちろんのこと,例えば,熱を移動しやすくする技術(伝熱増進),あるいは反対に熱の移動をできるだけ小さく保つ技術(断熱,保温)など伝熱を積極的に制御しようとする技術もある。

熱の移動は,ほかから仕事が加えられない限り,つねに温度の高いところから温度の低いところへ向かって起こる。この方向性は,いわゆる第2種の永久機関の存在を否定する熱力学の第2法則にほかならない。また熱という概念は,熱力学の第1法則が示すようにエネルギーの一形態であり,温度の高低のみによって移動する物理量である。

 熱の移動の基本形態は,熱伝導と熱放射であり,そのときの熱の移動にとくに注目するとき,それぞれ伝導伝熱,放射伝熱という。

 (1)熱伝導は,液体,気体,固体をとわず発生する熱エネルギーの移動形態である。微視的には分子や電子の働きによって内部エネルギーが伝搬していく現象であるが,われわれの目にはあたかも熱が温度差によって運ばれるように見える。一般にある面の単位面積を単位時間当りに通過する熱量を熱流束というが,熱伝導に関しては熱流束は温度こう配に比例するというフーリエの法則が広く成立することが知られている。これは熱流束をq,温度をTとすると,q=-λgradT,あるいはx方向の熱流束をqxとすると,qx=-λ∂T/∂xと表される。負の符号は温度の高いほうから低いほうへ流れるという方向性を示しており,比例定数のλは物質によって決まる定数で熱伝導率と呼ばれる。すなわちλが大きいほど熱がよく伝わる物質といえる。一般に,多くの物質の中で金属の熱伝導率は大きい。金属の場合,電気の良導体ほど熱伝導率は大きく,同一温度では熱伝導率と電気伝導率の比は,金属の種類によらずほぼ一定になる(ウィーデマン=フランツの法則)ことが知られている。銀,銅,金などはとくに熱伝導率が大きい。一方,通常断熱材,あるいは保温材と呼ばれるものは熱伝導率の小さい,例えば,岩綿,アスベスト,グラスウール,炭化コルクなどの物質によって作られている。そして多くの場合,多孔質,あるいは繊維層に成形されて熱伝導率の小さい空気を保持するように構成されている。

 (2)もう一つの伝熱の基本形態は熱放射である。これは物質が電磁波の形でエネルギーを放出,あるいは吸収する現象で,原子や分子,電子の運動に起因するが,伝熱にかかわりをもつのは比較的波長の長い可視領域から赤外領域にわたる幅広い波長の電磁波である。熱放射線は光と同様に,直進,反射,屈折の性質を有し,物体の表面に入射すると一部は吸収され,一部は反射され,一部は透過する。このうち吸収された放射エネルギーは再び物質の分子運動のエネルギーに変換され見かけ上温度が上昇する。入射する熱放射線をすべて吸収する物体を黒体というが,黒体から放射される熱放射線はその温度における各波長の熱放射の最大値を与えることが知られている。一般に実在する物体の熱放射は黒体とは異なり,つねに黒体よりも弱い熱放射を呈する。そこである温度である波長における物体の熱放射Eλと,黒体のそれEbλとの比ελを単色放射率と定義して,物体の熱放射の活発さの目安としている。ところでキルヒホフの法則によれば,ある温度における物体の単色放射率ελと単色吸収率αλ(黒体では1)は等しい。この単色放射率が波長によらず一定であるものを灰色体と呼ぶ。すなわち灰色体では波長によらずε=αである。一般の物体の放射はこの灰色体ともなお異なり,その放射率および吸収率は波長によって変化するが,工学的に熱放射を扱う多くの場合に物体が灰色体と近似することが多い(そのような近似的取扱いのために灰色体の概念があるといってもよい)。例えば,絶対温度がそれぞれT1T2で面積がA1A2の二つの灰色体の間で放射エネルギーが授受されるとき,灰色体1の放出する正味エネルギーは,Q1=σ(ε1A1T14-α1F21ε2A2T24)で与えられる。ここで,σはシュテファン=ボルツマン定数,F21形態係数と呼ばれ,面2から放出される熱放射線のうち面1に入射する割合を示す。

 (3)上に述べた熱伝導および熱放射は熱の移動の基本形態であることはすでに述べたが,さらに対流を付け加える場合もある。対流は,流体内部の熱の移動を伴う流れを総称することばである。室内をストーブで暖房するとき,暖められた空気は浮力によって上昇し,冷たい空気は下降して空気の流れとともに熱の移動が生ずる。しかし,このような対流における流体内部の熱の移動も,本質的には固体の場合と同様に分子運動に基づく熱伝導によることに注意を要する。すなわち,対流は流体内部の熱伝導と流体に保有されるエンタルピーの流れによる巨視的移動が同時に生ずる現象である。対流のうち,流れが温度差に付随する密度差によって生ずる浮力に基づくものを自然対流,機械的仕事などによって強制的に起こされるものを強制対流,両者の影響をともに受けるものを複合対流と呼んで区別することもある。対流中の熱の移動,あるいは拡散にとくに注目するとき,これを対流伝熱と呼び,さらに固体壁面と流れの間の熱授受を指すとき,これを熱伝達という。熱伝達において,壁面の単位面積を単位時間に通過する熱量qを壁面と流体の温度差⊿Tで除した値を熱伝達率と呼び,熱授受の良好さの程度を示す。自然対流や強制対流での熱の見かけの拡散の速度は,流れの状態が層流か乱流かにより大きく異なる。乱流の場合には流体塊のランダムな混合による熱の移動が加わり,層流に比べて伝熱が著しく活発化されることが知られている。

伝熱の機構は基本的には以上のように大別されるが,実際に発生する伝熱現象においてはこれらが同時に起こっている場合が少なくない。例えば,固体壁をはさんで両側の流体の間で伝熱が行われる場合を熱貫流というが,これは熱伝達と熱伝導(固体壁内)とが複合したものである。さらに燃焼のような化学反応や異種物質の拡散を伴うこともある。また伝熱が沸騰や凝縮など流体の相変化に主として支えられていることもあり,伝熱現象は多種多様であるといえる。なかでも,工学的に重要なものとして沸騰と凝縮がある。沸騰伝熱とは,飽和温度以上に過熱された液体の蒸発による気泡の形成を伴う伝熱現象を指す。通常は加熱された固体面上およびその近くの液体層が過熱され,固体面上の微小な傷や不純物の存在に助けられて気泡を形成する。このように相変化を伴う伝熱では,伝熱面の表面に生ずる境界層がかく乱されて薄くなり,熱伝達率は非常に大きくなる。沸騰を液体の温度によって分けると,沸騰する液体の温度が飽和温度に達している飽和沸騰,液全体の温度は飽和温度より低いが,伝熱面の温度が伝熱面近傍の液体の過熱に十分なほど加熱されて起こるサブクール沸騰(表面沸騰ともいう)とがある。また対流と同様に強制的な流れが存在する場合を強制対流沸騰,容器内に液体をためて沸騰させる場合のように流れが自然対流によって起こされる場合をプール沸騰と呼ぶ。一方,沸騰伝熱の機構は伝熱面温度の上昇とともに変化することが知られている。例えば,大気圧の水中に白金細線を水平に張ってこれを電流によるジュール熱で加熱した場合,伝熱面温度と液体の飽和温度との差がごく小さいときは細線周囲に自然対流が発生し,加熱量が増してある温度差以上になると初めて離散的な気泡が発生して核沸騰と呼ばれる状態になる。さらに電流を大きくすると,ある限界の熱流束条件において伝熱面温度は急上昇して細線は蒸気膜に覆われて,もはや伝熱面と液体が直接触れ合わない膜沸騰と呼ばれる状態になる。このため,核沸騰に比べ膜沸騰では熱伝達率は低下する。伝熱面の温度を精密に制御できる場合には,上記二つの沸騰形態に加えて,両者の中間の伝熱面温度条件の下での沸騰現象として遷移沸騰と呼ばれる状態があるが,これは核沸騰と膜沸騰の混在する状況と考えられている。

 蒸気が飽和温度より低い伝熱面に触れると潜熱を放出して凝縮し,凝縮した液体は重力の働きによって伝熱面上を流れ,落下する。このような機構による伝熱を凝縮伝熱という。凝縮には二つの形態があり,それぞれ膜状凝縮,滴状凝縮と呼ばれる。膜状凝縮では,冷却面上を凝縮液体が連続した薄い膜状をなして流下する。滴状凝縮では,凝縮液体にぬれにくい冷却面上に滴状に凝縮が起こり,液滴の成長と合体によって液滴が大きくなり,最終的に落下するサイクルを繰り返す。この液滴の落下に伴う伝熱面の清掃作用により裸の伝熱面が露出するため,滴状凝縮での熱伝達率は膜状凝縮より著しく高くなることが知られている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「伝熱」の意味・わかりやすい解説

伝熱
でんねつ
heat transfer

温度の差,あるいは温度の勾配を原因として生ずるエネルギーの空間的移動過程の総称。伝熱の基本的機構としては熱伝導熱放射がある。また,ある物体に接して流体が流れている場合には,流れに伴う熱エネルギー (内部エネルギーあるいはエンタルピー) の輸送と熱伝導との共存の結果,物体と流れとの間の伝熱 (直接には熱伝導による) が促進される。このように流れが関与する伝熱の形態を対流伝熱あるいは対流熱伝達あるいは単に熱伝達と呼ぶ。

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化学辞典 第2版 「伝熱」の解説

伝熱
デンネツ
heat transfer

[同義異語]熱伝達

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

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