佐々木崑(読み)ささきこん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「佐々木崑」の意味・わかりやすい解説

佐々木崑
ささきこん
(1918―2009)

写真家。中国、青島(チンタオ)生まれ。本名幸一。1923年(大正12)、ドイツ語学者兼通訳だった父のドイツ領事館勤務にともない神戸に移り住む。中学1年生のころ、神戸の新開地でトーゴーカメラ(東郷堂発売の初心者用のカメラ)を手にし、写真に熱中する。1937年(昭和12)、神戸村野工業高等学校を卒業。1939年陸軍に入隊し朝鮮出征、その後1942年まで中国東北部に駐留する。

 第二次世界大戦後帰国。1951年(昭和26)神戸を訪れた木村伊兵衛と出会い、以後木村に師事する。1955年神戸市内でカメラ店を経営する。1957年より大阪市内で写真スタジオを経営するかたわら、グラフ誌、カメラ雑誌などにドキュメンタリー写真を発表する。1961年『アサヒグラフ』誌に神戸を取材した作品「麻薬地帯」を発表する。翌年三木淳の紹介で、来日したW・ユージン・スミスの暗室助手を2か月間務める。

 1963年科学映画を制作する日本シネマに入社。同社で生命誕生など研究者向けの科学映画のスチール撮影を行い、この仕事がきっかけとなりクローズ・アップによる自然科学写真を本格的に撮影しはじめ、1969年に退社した後フリーランスの写真家として活動を始める。1968年に個展「小さい生命」をニコンサロン(東京、大阪、福岡)で開催する。1972年『アサヒカメラ』誌に13年間連載してきた「小さい生命」により日本写真協会年度賞を受賞する。

 1978年水産庁の魚類研究者で自然科学写真家でもある竹村嘉夫(よしお)(1925― )と自然科学写真協会を設立、副会長に就任する(1981年会長に就任)。1983~1991年(平成3)『アサヒカメラ』に「新・小さい生命」を連載。1992年勲四等瑞宝章を受章。

 主な著書に『小さい生命』(1971)、『生命の誕生』(1978)、『実践クローズアップフォト』(1984)、『モルフェー――花の形態誌』(1988)、『新・小さい生命』(1992)、『誕生物語』(1994)など。

[関次和子]

『『小さい生命』(1971・朝日新聞社)』『『小動物の接写とマクロ写真――生態写真入門』(1978・共立出版)』『『生命の誕生――昆虫・小動物の世界』(1978・家の光協会)』『『ホタルの一生』(1981・フレーベル館)』『『実践クローズアップフォト』(1984・朝日ソノラマ)』『『モルフェー――花の形態誌』(1988・アイピーシー)』『『新・小さい生命』(1992・朝日新聞社)』『『誕生物語』(1994・データハウス)』『「ネイチャー・ワールド――地球に生きる」(カタログ。1997・東京都写真美術館)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「佐々木崑」の解説

佐々木崑 ささき-こん

1918-2009 昭和後期-平成時代の写真家。
大正7年11月2日中国青島(チンタオ)生まれ。大阪で写真スタジオを経営。昭和35年フリーとなり上京し,38年東京シネマに入社,科学写真を担当する。41年から「アサヒカメラ」に生物写真「小さい生命」を連載。53年竹村嘉夫らと自然科学写真協会を設立し,56年会長。平成21年3月27日死去。90歳。村野工業学校(現村野工高)卒。本名は幸一。写真集に「ホタル一生」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

黄砂

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android