佐渡おけさ(読み)サドオケサ

デジタル大辞泉 「佐渡おけさ」の意味・読み・例文・類語

さど‐おけさ【佐渡おけさ】

新潟県民謡で、佐渡島の盆踊り歌。九州ハイヤ節が日本海沿岸を上って佐渡に伝えられ、変化したもの。大正末期以降、全国に広まった。

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精選版 日本国語大辞典 「佐渡おけさ」の意味・読み・例文・類語

さど‐おけさ【佐渡おけさ】

〘名〙 民謡。新潟県佐渡相川におこった盆踊り唄。大正末期から全国に広まる。おけさ節の代表的なもので、編笠をかぶった姿の手踊りに合わせて唄う。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「佐渡おけさ」の意味・わかりやすい解説

佐渡おけさ
さどおけさ

新潟県佐渡市北西部、旧相川(あいかわ)町の民謡。同地方で7月25日から3日間催される「鉱山祭」のパレード用の唄(うた)として歌い踊られてきたもの。その源流は、熊本県牛深(うしぶか)(天草市)生まれの酒盛り唄牛深ハイヤ節』で、これが帆船の船乗りたちによって諸国の港へ伝えられたおり、佐渡では小木(おぎ)港へ持ち込まれた。それがのちに相川金山にも伝わり、酒盛り唄、さらに選鉱場でも歌われるようになった。ところが1896年(明治29)11月、相川金山が民営化される記念に、翌年8月13日から3日間「鉱山祭」を催すことになった。このとき鉱山労働者たちは先の「選鉱場節」に花藺笠(はないがさ)をかぶり、踊りを加えて、町を流して回った。このときは「選鉱踊り」の名で演じられていたが、1906年(明治39)ごろから越後(えちご)側の流行(はやり)唄「おけさ」にあやかって『相川おけさ』と改名した。その後、24年(大正13)6月10日に地元有志による民謡団体「立浪(たつなみ)会」の結成があり、名人村田文蔵が入会。26年7月に日蓄レコードに吹き込むに際し、会社側から、「相川」より「佐渡」のほうが世間への通りがよいといわれて『佐渡おけさ』と改名、以後、島の観光用の唄として広まっていった。

竹内 勉]


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百科事典マイペディア 「佐渡おけさ」の意味・わかりやすい解説

佐渡おけさ【さどおけさ】

おけさ節

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