個人崇拝(読み)こじんすうはい

改訂新版 世界大百科事典 「個人崇拝」の意味・わかりやすい解説

個人崇拝 (こじんすうはい)

指導者に対する大衆の盲目的支持がこうじ,あるいはそのような状況を利用して指導者が自己に対する服従を強制する結果,宗教運動に類似した指導者への献身的な崇拝が生じること。一般的に革命を経験した体制において生じやすく,スターリン体制でのソ連や,晩年の毛沢東下での中国のように,共産主義運動が権力を握った後の国家で顕著に現れた。第三世界カリスマ的指導者や民族主義運動のリーダーにも,英雄崇拝のような形でみられ,擬似革命的な象徴形式を利用するファシズムでも,〈指導者原理〉として知られる指導者崇拝が行われた。革命や社会変動によって旧来の伝統的な社会制度が解体し,しかも集団的危機意識が高まり,周辺諸国脅威から自国を防衛する必要のある状況下で指導者の個人的役割は大きくなり,しばしば指導者自身が新たな価値の体現者・制度の代用物と化する傾向がある。さらに政治体制の正統性が,統治制度の安定性によるよりも,指導者のカリスマ性や彼が体現する価値に基づくため,指導者個人が組織や公の制度に対して,優位を占める傾向もみられる。また新国家などの権力自体,既成宗教や権威は否定しても,被治者の権力への崇拝や信仰を自己の正当化に暗々裡に利用することが少なくない。個人崇拝が社会運動,革命運動に随伴しがちなことはマルクス自身が指摘したところである。ロシア革命後のソ連では,レーニン死後,党官僚制を背景としたスターリンが,トロツキーやブハーリンらを指導部から追放し,1930年代後半には古参革命家層を一掃し,治安・イデオロギー機関を駆使して一元的支配体制を築き上げた。スターリンの死後,56年の第20回党大会でフルシチョフはスターリンに対する個人崇拝の弊害暴露し,6月の党中央委員会決定〈個人崇拝とその結果の克服について〉で,これが展開された(スターリン批判)。ただ,個人崇拝批判は,制度や体制の問題を個人や特定のグループの責任にすり替えることになりがちである。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「個人崇拝」の意味・わかりやすい解説

個人崇拝
こじんすうはい

一般に政治指導者に対する崇拝は民主主義の遅れた諸国にみられるが、個人崇拝という政治用語は、社会主義諸国で政治指導者を英雄視する風潮をさして用いられた。1956年のソ連共産党第20回大会で、フルシチョフがスターリンを批判する際に用いて以来、広く使われるようになった。フルシチョフのスターリン批判は、スターリン統治下の党と国家の癒着、党内民主主義や官僚制の問題などには向けられず、もっぱらスターリン個人にまつわる神話の破壊と粗暴な人格の暴露にあてられ、大粛清の原因も、党と国家内での個人崇拝の蔓延(まんえん)に求められた。スターリン個人崇拝の風潮はスターリン50歳の誕生日(1929)以来公的に広められたが、その萌芽(ほうが)はすでにレーニン葬儀の際のスターリンの態度に現れていた。政治指導者への個人崇拝は、ソ連に限らず、コミンテルンを通じて国際共産主義運動と戦後の社会主義諸国にも現れた。中国での毛沢東(もうたくとう/マオツォートン)、フランス共産党におけるトレーズ、北朝鮮の金日成(きんにっせい/キムイルソン)などについても当てはまり、ソ連共産党でのブレジネフ時代の個人崇拝はスターリンをしのぐものであった。

[加藤哲郎]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「個人崇拝」の意味・わかりやすい解説

個人崇拝
こじんすうはい

かつて独裁者スターリンに対する崇拝は極端化し,彼自身とその著作はソ連国内のみならず,世界の共産主義者によって神格化されていた。このことがスターリンの死後ソ連内で反省され,個人崇拝として非難されるにいたった。その後この言葉は,人間,すなわち恣意的,主観的なものが理論に取って代ることをもさすようになった。

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