偶然性の音楽(読み)ぐうぜんせいのおんがく(英語表記)chance operation

改訂新版 世界大百科事典 「偶然性の音楽」の意味・わかりやすい解説

偶然性の音楽 (ぐうぜんせいのおんがく)
chance operation

作曲演奏偶然性を取り入れた音楽。ドイツ語ではアレアトーリクAleatorik。音楽に一種の偶然性を利用することは,民族音楽における即興演奏や西洋古典派音楽のカデンツァに見られるように,東西を問わずに古くから存在していた。アメリカの作曲家ケージは,1951年,中国の易の方法を用いてピアノ曲《変化の音楽Music of Changes》(《易の音楽》)を作曲し,以後,欧米の現代音楽の分野で偶然性を利用する音楽活動が活発に行われるようになった。C.ウォルフ,M.フェルドマン,E.ブラウンらのケージ一派の作曲家は,サティの音楽,ダダシュルレアリスム,禅,易学などから多くの影響を受けながら,〈インデターミナンシー(不確定性)〉〈ハプニング〉〈イベント〉などと称される生きた音楽行為を重視する音楽活動を展開した。ケージ一派の音楽とその思想は,54年10月にドナウエッシンゲン音楽祭ヨーロッパに紹介され,ブーレーズシュトックハウゼンに衝撃を与えた。ブーレーズは57年のダルムシュタット国際夏期講習会で,〈アレア(ラテン語で賭け,さいころの意)〉と題した論文を発表し,作曲や演奏の次元で部分的に偶然性を利用する〈管理された偶然性〉が重要であることを主張した。ブーレーズの主張によれば,管理された偶然性による〈アレアトーリク〉の音楽は,〈固定されない形式〉〈動きつつある形式〉に基づく生き生きとした生命力に満ちた音楽になる。ブーレーズの《ピアノ・ソナタ第3番》(1957)やシュトックハウゼンの《ピアノ曲第11番》(1956)は,アレアトーリクの作曲法による典型的な例である。ケージの作品と思想は,60年代には日本にも紹介され,武満徹一柳慧などに大きな影響を与えた。70年代には,作曲や演奏で全面的に偶然性を使うことは少なくなったが,音楽の細部を演奏家の自由にゆだねる傾向はしだいに一般的になりつつある。
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百科事典マイペディア 「偶然性の音楽」の意味・わかりやすい解説

偶然性の音楽【ぐうぜんせいのおんがく】

音楽を細部まで作曲者が固定するのではなく,ある限られた範囲で,演奏者に偶然による選択の余地を与えた音楽。〈チャンス・オペレーション〉や〈不確定性の音楽〉などの用語もある。民族音楽での即興演奏やバロック時代の通奏低音など,偶然性の要素は東西の音楽に古くからあるが,これらの用語は主に第2次世界大戦後の前衛音楽における試みをさし,ケージの試みを受けて,ブーレーズシュトックハウゼンベリオらの作品が生まれた。特にケージは演奏という行為を楽音に限定せず,〈ハプニング〉や〈イベント〉へと拡大し,音楽や演奏の意味そのものを問い続け,音楽界に波紋を広げた。ヨーロッパの作曲界では,作曲や演奏に部分的に偶然性を採用する〈管理された偶然性〉を用い,数多くの作品が書かれることになる。この流れの中で誕生した〈図形楽譜〉もまた,奏者の自発性を促す試みの一つとなった。1950年代−1960年代にかけて欧米の作曲界を席巻(せっけん)したこの動向の底流には,作曲家−演奏者−聴衆という関係が固定化・序列化した音楽のあり方への根本的な問いかけがあったと考えられよう。→グレツキルトスワフスキ
→関連項目アイブズ楽譜ミュジック・セリエル

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「偶然性の音楽」の意味・わかりやすい解説

偶然性の音楽
ぐうぜんせいのおんがく
random composition

J.ケージの 1950年頃以降の独特な音楽思想に基づいて発想された作曲法。作曲様式,曲種,曲態,演奏形態などの総称。五線紙上に音符で音高,時価を確定する従来の作曲法に比べ,音の選択,組合せの選択,形式の構成などについて,演奏のたびごとに自由な選択を許すもので,不確定性の音楽,偶然音楽とも呼ばれる。アメリカにおけるケージの一派は M.フェルドマン,C.ウォルフ,E.ブラウンら。ヨーロッパでもこの思想は K.シュトックハウゼンとその派によって取入れられている。今日では,器楽の奏者や歌い手に一定の範囲で自由に演奏させるなど,前衛音楽のなかに広く浸透している。

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世界大百科事典(旧版)内の偶然性の音楽の言及

【アバンギャルド】より

…その代表は〈無調〉と〈十二音技法〉の実践者であるシェーンベルク,ベルク,ウェーベルンの〈新ウィーン楽派〉,強烈なリズム表現や〈複調〉を使用したストラビンスキー,音楽はなにげないものであるべきだと〈家具の音楽〉を主張したサティらがその第1世代である。しかし音楽においてアバンギャルドの語が一般化したのは第2次世界大戦後のことであり,その主流は1946年に始まり,〈ミュジック・セリエル〉を主張したブーレーズ,シュトックハウゼンなどの〈ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習〉から国際的にデビューした作曲家たちであり,またそのアンチ・テーゼとなったアメリカのケージを中心とする〈偶然性の音楽〉の一派であった。日本ではいち早くジャズの語法を採用した黛敏郎,十二音技法で作曲を始めた諸井誠らが〈戦後派〉の第1世代である。…

【ケージ】より

…アメリカの作曲家。1950年代より〈偶然性の音楽〉によって欧米の前衛的作曲家に大きな影響を与えた。カウエル,シェーンベルクに学んだ後,1930年代末より打楽器アンサンブルを組織し,カリフォルニアを中心に演奏活動を行う。…

【ハプニング】より

…この催しでは,ハプニングにおいて〈自発的な,起こるべくして起こる何か〉(カプロー)が重要視され,一回性の偶然や自発性が強調されたのである。 カプローのハプニングの淵源には,J.ポロックのアクション・ペインティングとJ.ケージの偶然性の音楽があった。キャンバスを床にひろげ,体ごと中に入って激しいアクションによって絵具を飛び散らせたポロックは,肉体と意識の交錯を生(なま)の時間の中にさらしつづけたわけであるが,ハプニングは,この描く行為自体をさらに積極的に,純粋に演じようとした。…

※「偶然性の音楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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