傀儡子記(読み)くぐつき

改訂新版 世界大百科事典 「傀儡子記」の意味・わかりやすい解説

傀儡子記 (くぐつき)

大江匡房が芸能を記録した書。1巻。成立年不詳だが,寛治年間(1087-94)以降の成立であろう。傀儡子(傀儡)は,元来は人形を操って生計を立てる芸人を指していたようだが,日本では同時に歌舞,売媚などもする遊女のようなものであった。本書によれば,彼らは水草を追って移動する流浪の徒であり,男は弓馬を使って狩猟し,弄剣の伎を見せ人形を舞わせ手品めいたこともする。女は厚化粧を凝らし倡歌淫楽して媚を売る。生活は不安定であるが,流浪生活ゆえ課役徴税は受けない。夜は百神を祭って鼓舞する。本書には彼らの集う名所,歌曲レパートリーが列挙され,彼ら特殊階層民に対して匡房が強い関心をもっていたことを物語る。同じく匡房の《遊女記》や,《本朝無題詩》所収の〈傀儡子の孫君〉の詩などとともに,当時の社会風俗をうかがううえで貴重な資料である。〈記の体〉の粉飾のない直叙的漢文体散文は,院政期の漢文学の推移を知るうえにも重要である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「傀儡子記」の意味・わかりやすい解説

傀儡子記
かいらいしき

平安後期の漢文記録。「くぐつのき」とも読む。大江匡房(まさふさ)作。成立未詳。漂泊の旅芸人で平安中期から文献に登場する傀儡子は、水草を追って天幕生活をしながら移動し、男は狩猟しながら奇術や手品をしてみせ、女は歌舞をして媚(こび)を売ることなどを生業とした。諸国の名人の名を列挙し、彼女たちの歌が今様(いまよう)、古川様(ふるかわよう)、足柄(あしがら)、催馬楽(さいばら)、田歌、神歌など多種の地方俚謡(りよう)に及び、その美声が天下に賞賛されたことを記す。当時の風俗や芸能の一端を知るうえで貴重であるばかりでなく、わが国における芸能者の発生や系譜を知るうえでも貴重な文献である。『朝野群載』巻3に所収される。

[大曽根章介]

『大曽根章介校注「傀儡子記」(『日本思想大系8』所収・1979・岩波書店)』

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百科事典マイペディア 「傀儡子記」の意味・わかりやすい解説

傀儡子記【くぐつき】

大江匡房(まさふさ)の晩年の著。1巻。平安時代の人形回し傀儡(くぐつ)の生活,風俗等を記したもので,風俗史,芸能史の貴重な資料。

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世界大百科事典(旧版)内の傀儡子記の言及

【傀儡】より

…他に名称の由来については,木霊を意味する〈くくのち〉に由来するとする説やあるいは中国語,朝鮮語,ジプシー語(ロマニ語)などの転化かとする説などもある。大江匡房の《傀儡子記(くぐつき)》によると男は弓馬を使って狩猟をこととし,さまざまな幻術を行ったり,木偶(でく)を舞わしたりする。女は化粧をこらして歌をうたい,婬を売るとある。…

※「傀儡子記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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