公伊(読み)こういん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「公伊」の解説

公伊 こういん

1052-1135* 平安時代中期-後期の僧。
永承7年生まれ。藤原伊房(これふさ)の子。天台宗近江(おうみ)(滋賀県)園城(おんじょう)寺の頼豪にまなび,覚円より灌頂(かんじょう)をうける。おおくの法会(ほうえ)で講師(こうじ)や証義者となる。天永4年権大僧都(ごんのだいそうず)。大治(だいじ)5年法印。法成寺別当,平等院長吏などをつとめた。長承3年閏(うるう)12月19日死去。83歳。法名は「こうい」ともよむ。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典 「公伊」の解説

公伊

没年:長承3.閏12.18(1135.2.2)
生年:永承7(1052)
平安後期の天台宗園城寺の僧。「こういん」ともいわれる。権中納言藤原伊房の子で,行成曾孫。経蔵法印という。頼豪に師事し,覚円に伝法灌頂を受ける。法会の講師を多く勤め,天台諸祖のため四季講を修し,顕密を論じて学名を高めたが,放逸な性格も伝わっている。

(三橋正)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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