劇症肝炎(急性肝不全)

内科学 第10版 「劇症肝炎(急性肝不全)」の解説

劇症肝炎(急性肝不全)(劇症肝炎・亜急性肝炎)

劇症肝炎および急性肝不全の概念
 急性肝不全(acute liver failure)とは急激かつ高度の肝細胞機能障害に基づいて肝性昏睡をはじめとする肝不全症状をきたす予後不良の疾患群である.急性肝不全は症候群であり,種々の原因によるものを含む(表9-3-1)が,劇症肝炎fulminant hepatitis)は,急性肝不全のうちウイルス性肝炎,薬物アレルギー性肝炎,自己免疫性肝炎(急性発症)を原因とするものに限定される.日本ではウイルス性が大多数と考えられてきたことから,これまで劇症肝炎が急性肝不全の代表として扱われてきた経緯がある.
診断・病型分類と類縁疾患
 症候群としての急性肝不全についてはTreyらの定義が広く普及している.すなわち,重篤な肝障害の結果,発症から8週以内に脳症を発現した状態で,基本的には回復する可能性のある状態をいう.日本では,この定義に準拠して1982年に劇症肝炎の診断基準が定められ,これを改訂する形で2011年,表9-3-2に示す急性肝不全の定義が定められた.この定義では,「高度の肝機能障害」の客観的指標として,蛋白合成能を表すプロトロンビン時間(prothrombin time:PT)を採用し,PT 40%以下またはPT INR 1.5以上を示す急性肝障害を急性肝不全と定めている.従来の劇症肝炎は,肝炎による昏睡型急性肝不全に相当する.
 昏睡型の急性肝不全の予後は発症あるいは黄疸の発現から肝性昏睡の発現までの期間により異なることが知られており,この期間によっていくつかの臨床病型に分けられている.わが国では劇症肝炎の全国集計を基に,初発症状から昏睡までの期間が10日以内の急性型と11日以上の亜急性型に分類している(表9-3-2).発症-昏睡期間のさらに長い遅発性肝不全は,きわめて予後不良で,急性肝不全の類縁疾患とされる.
頻度
 わが国での臨床統計は,劇症肝炎に限られてきたが,発生頻度は,急性肝炎全体の約2%といわれている.成因によって異なり,A型肝炎では0.14~0.35%,B型肝炎では1~4%,いわゆる非A非B型肝炎では2.3~4.7%に昏睡発現(劇症化)すると報告されている.
病理・病態生理
 急性肝不全の基本的な病態は肝細胞機能障害,肝再生不全,肝性脳症である.急激かつ高度の肝細胞機能障害の原因は病理組織学的には広範性あるいは亜広範性の肝細胞死による場合がほとんどで,肉眼的に肝は赤色肝萎縮あるいは黄色肝萎縮を呈する(図9-3-1).しかし,急性妊娠性脂肪肝やReye症候群では肝細胞死はほとんど認められず,細胞死を伴わない肝細胞機能障害でも急性肝不全は起こりうることを示している.また,肝は本来,再生能の強い臓器であるが,急性肝不全においては肝再生障害がみられ,予後を悪くしている重要な要因と考えられている.さらに,肝性脳症や脳浮腫は急性肝不全の本質的な病態であり予後と深い関連がある.
1)肝細胞死
ウイルス肝炎における肝細胞障害機構として,感染細胞に表出されるウイルス抗原を,これに特異的な細胞傷害性T細胞が攻撃することが想定されている.
 通常のウイルス性急性肝炎では,このような機構で巣状の壊死が形成されると考えられるが,急性肝不全においてこの機構が広汎肝細胞死にまで至る機序として,被感染者(宿主)の過剰な炎症・免疫反応やこれに伴う循環障害が想定されている.一方,ウイルス側の要因として,ウイルス遺伝子の変異による抗原性あるいは増殖力,蛋白転写活性の変化が想定されている. 欧米に多いアセトアミノフェン肝障害は典型的な薬物中毒性である.肝の抱合能をこえたアセトアミノフェンの処理のため,還元型グルタチオンが枯渇し,フリーラジカルによる肝細胞傷害が起こる.したがって,この肝障害は薬物の用量に依存する.
2)肝再生不全
生体肝移植ドナーにみられる正常肝の再生では,正常の成熟肝細胞の増殖のみで再生が完了するが,重症肝炎の再生には肝前駆細胞が動員されるといわれている.組織学的にみると,軽症肝炎に比し重症肝炎では増殖細胞の割合は少なく,肝再生不全の状態にあると考えられている.また,急性肝不全に対し自己肝を温存して部分肝移植を行い肝不全を脱却しても,自己肝の再生はきわめて緩徐であることが示されており,肝再生不全は,広汎肝細胞死と並ぶ急性肝不全の重要な病態といえる.
3)肝性脳症,脳浮腫
: 肝性脳症の機序としては,アンモニアによる神経細胞内のエネルギー代謝の抑制とともに神経伝達障害が原因と考えられている.とくに急性肝不全においてはγ-アミノ酪酸(γ-aminobutyric acid:GABA)共役ベンゾジアゼピン受容体に結合する物質が脳内に増加していることが知られ,これがGABAの作用を増強して神経機能を抑制する方向に作用すると考えられている.また,脳浮腫の発症機序はいまだ十分に解明されていないが,血液脳関門の通過性の亢進という説と,アンモニウムグルタミンなどの蓄積による浸透圧効果が星状膠細胞に腫脹をもたらすという説,あるいはNa/KATPase活性の低下によるという細胞障害説などがある.
成因
 日本の劇症肝炎全国集計における成因を臨床病型別に示す(表9-3-3).B型肝炎ウイルスが最も多く,次いで,成因不明,薬物,自己免疫性の順である.急性型ではB型が半数以上を占め,亜急性型では成因不明が最も多い.自己免疫性肝炎は本来慢性肝炎の病型をとるが,まれに急性に発症し劇症肝炎に至るものもある.急性発症の自己免疫性肝炎は,典型的な臨床所見を示さないことも多く,通常の方法で成因診断できない場合も多い.また,薬物性の中には市販の健康食品や健康補助食品なども多く含まれており,原因として特定されずに成因不明の中に埋没している例も多くあると考えられている. したがって成因不明例の中には,相当数の薬物性肝障害や自己免疫性肝炎が含まれていると推定される.
臨床所見
 発症は急性肝炎と同様に,突然,全身倦怠感,体温変動などの感冒様症状や食欲不振,悪心,嘔吐などの消化器症状が出現し,黄疸と意識障害が急速に進行して短期間のうちにきわめて重篤な状態に陥る.他覚的には,肝性口臭,肝の萎縮を反映して肝濁音界の減少・消失,腹水の出現がみられる.急性肝不全でみられる身体所見とその頻度を表9-3-4に示すが,全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndromeSIRS)の項目は予後不良の徴候といわれている.
検査成績
 急性肝不全における一般臨床検査所見は基本的には急性肝炎と同様で,肝逸脱酵素の上昇,血清総ビリルビンの上昇などがみられる.そのほか蛋白合成能障害により血清アルブミンコリンエステラーゼや凝固因子が低下,ビリルビン抱合能低下により直接/総ビリルビン比の低下,尿素サイクルの障害により血清尿素窒素の低下と血漿アンモニアの上昇,糖新生低下とインスリン取り込み低下により低血糖,合成能の低下による血清コレステロールの低下などがみられる.わが国の全国集計における昏睡型急性肝不全の臨床検査成績を表9-3-5に示す.検査値は臨床病型により大きく異なり,亜急性型では急性型に比しトランスアミナーゼの値が高くなく,プロトロンビン時間が比較的保たれる一方,血清総ビリルビンの値が高いという特徴を示す(表9-3-5). 腹部超音波検査,腹部CT検査(図9-3-2)では広範な肝細胞死を反映して典型例では著明な肝萎縮や腹水を認めることが多い.また,胆囊は胆汁流量の低下から内腔が萎縮あるいは虚脱し,炎症の波及あるいはリンパのうっ滞から壁肥厚がみられる.
 昏睡型の脳波検査では高振幅徐波(デルタ波)および特徴的な三相波がみられる.
治療
 昏睡型の急性肝不全に対する治療法はこれまで種々のものが試みられてきたが,比較対照試験で単独で救命率を向上した治療法はなく,肝移植が生命予後を改善する唯一の治療法であると考えられている(Masら,1997).わが国では,急性肝不全の約25%に肝移植が施行されているが,そのほとんどは生体肝移植であった.2010年の臓器移植法の改正以来,脳死の臓器提供が増えつつあり,最も緊急度の高い急性肝不全では脳死移植が増えると予想される. しかし,急性肝不全は基本的には可逆的(回復可能)な状態であり,内科的治療により救命される可能性をもっている.したがって,急性肝不全の治療は,表9-3-6に示すような内科的集中治療により救命を目指すと同時に,タイミングを逸することなく肝移植ができるよう並行して準備を進めるというのが基本的な方針となる.
 内科的治療法では,厳重なモニタリングと一般的治療のうえに,肝炎の沈静化,人工肝補助と合併症予防・治療を行い,肝の十分な再生を待つのが基本的な方針である.このうち人工肝補助では,血液濾過透析(HDF)を中心にして,必要に応じて血漿交換(PE)を併用する.前者ではおもに肝の解毒機能の代償,後者では肝合成能の代償を目的として行う.
予後
 昏睡型急性肝不全の予後は,臨床病型により大きく異なり,内科的救命率は急性型で30~40%,亜急性型で10~20%である.一方,肝移植の救命率は,わが国の生体部分肝移植の成績で10年生存率68.7%と内科治療を大きく上回っている.しかし,内科的治療で救命された場合はほとんど後遺症がなく通常の生活に戻ることができるのに対し,肝移植を受けた場合は免疫抑制薬の服用など日常生活に大きな制限が生じる.したがって,肝移植の適応は慎重であるべきで,その適応基準では高い予後判別の精度が要求される.わが国では,脳死肝移植を念頭に作成された肝移植適応ガイドラインが用いられてきたが,2011年より,新たなスコアリングシステム(表9-3-7)が定められ,肝性脳症発現時のスコア5点以上を移植適応と判断している.このシステムの特徴は,各点数における内科治療の救命割合が示されていることであり,これを参考に,患者およびその家族の判断で治療法を選択することができる仕組みになっている.[滝川康裕・鈴木一幸]
■文献
Mas A, Rodes J: Fulminant hepatic failure. Lancet, 349:1081-1085, 1997.
Naiki T, Nakayama N: Novel scoring system as a useful model to predict the outcome of patients with acute liver failure: Application to indication criteria for liver transplantation. Hep Res, 45: 68-75, 2012.
Sato S, Suzuki K: Clinical epidemiology of fulminant hepatitis in Japan before the substantial introduction of liver transplantation: an analysis of 1309 cases in a 15-year national survey. Hepatol Res, 30: 155-161, 2004.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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