劇能(読み)げきのう

改訂新版 世界大百科事典 「劇能」の意味・わかりやすい解説

劇能 (げきのう)

能の分類名。風流(ふりゆう)能対立する。舞台的面白さに主眼を置く風流能に対し,人間の心理・葛藤・対立を中心に描いた能を指す。〈夢幻能〉に対する〈現在能〉を〈劇能〉と称したこともあったが,夢幻能=非劇,現在能=劇という図式が成り立つわけではない。複数の人間が対立しつつ展開する一般的な劇の概念からは外れるものの,ある人物の内面をその人自身が語るという意味で,夢幻能も〈劇〉に含むことができる。とくに,《井筒》《檜垣(ひがき)》《頼政》《忠度》をはじめとする世阿弥作の夢幻能の多く(風流性の強い脇能を除く)は,人間性の内面を深く掘り下げた優れた劇であり,《鵺(ぬえ)》のような鬼畜の能すらも,敗者悲哀が人間的にとらえられている。このような夢幻能の劇能に対して,《唐船(とうせん)》《土車(つちぐるま)》《隅田川》《安宅》などは,現在能の劇能で,苦境に立たされた人間の心情や親子・主従情愛が,登場人物の対話を通して描かれる。風流性(歌舞性)と劇性はともに能の本来的性格であり,多かれ少なかれ一曲中に両者の要素が混在するのが普通である。明確な劇能と明確な風流能の中間にさまざまな段階作品が存するわけで,風流能と劇能は,能を二大別する厳密な分類というより,作品の傾向を示す座標としての意味をもつ。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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