加藤助三郎(読み)かとう・すけさぶろう

朝日日本歴史人物事典 「加藤助三郎」の解説

加藤助三郎

没年:明治41.3.13(1908)
生年安政3(1856)
明治期の美濃(岐阜県)の陶業家。明治5(1872)年,16歳で東京陶器舗を開店。13年帰郷し,濃栄社を設立。のち満留寿商会と号し,国内のほかシンガポールなどへ販路を拡張した。25年東京陶器問屋組合頭取となり,鉄道利用による廉価な輸送を実現させた。また卸売の中間利潤を排し適正価格で流通させるため,『陶磁器相場報告』『陶器商報』などを創刊し,陶磁器の製造技術や商法の改善に貢献した。31年岐阜県陶磁業組合長となり,訪中視察し,アジア,アフリカへの直輸出を推進させた。郡立陶器学校の設立など,陶業技術者の育成にも力を尽くした。

(山形万里子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤助三郎」の解説

加藤助三郎 かとう-すけさぶろう

1856-1908 明治時代実業家
安政3年生まれ。明治5年美濃(みの)陶器の販売店美濃屋を東京にひらく。22年満留寿商会を設立し,輸出も手がけた。岐阜県陶器業組合長,東京陶器問屋組合頭取。明治41年3月13日死去。53歳。美濃(岐阜県)出身

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