労働衛生(読み)ろうどうえいせい(英語表記)industrial hygiene

日本大百科全書(ニッポニカ) 「労働衛生」の意味・わかりやすい解説

労働衛生
ろうどうえいせい
industrial hygiene

労働者の健康と安全の確保に関する研究および実践活動。人間が生活に必要な諸財貨を生産する産業活動において、人々は労働者としてさまざまな労働に従事するが、その労働が原因となって労働者に外傷や疾病を生じることがある。たとえば、プレス機による手指切断、炭坑労働者の塵肺(じんぱい)、重金属や有機溶剤による急性・慢性中毒、腰痛などの筋骨格系障害、長時間労働による脳・心臓疾患(いわゆる過労死)、うつ病などのストレス関連性精神疾患等である。これらは職業病、作業関連性疾病とよばれ、その予防のため労働衛生学が生まれ、各国・地域の産業発達の段階に応じて深化してきた。

 労働衛生学には物理学、化学、生理学、医学、心理学、工学、さらには社会科学の見識も必要とされ、総合科学としての色彩を強くもつ。そのため、産業保健産業医学産業衛生職業保健などはほぼ同義語とされるが、労働衛生は行政的な場面、産業保健は実務的な場面(産業保健スタッフ等)、産業医学は医学的側面が強い研究や実務の場面(産業医学研究等)、産業衛生は学術団体日本産業衛生学会等)、職業保健はoccupational healthの翻訳の場面等で用いられることが多い。なお、産業保健のように対象者別の健康・安全の研究と実践に使われる同類用語に、学校保健母子保健、老人保健等がある。

吉川 徹]

『三浦豊彦著『労働科学叢書88 労働と健康の歴史 第6巻』(1990・労働科学研究所出版部)』『厚生労働統計協会編・刊「労働衛生対策のあゆみと現状」(『国民衛生の動向 2012/2013』所収・2012)』

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改訂新版 世界大百科事典 「労働衛生」の意味・わかりやすい解説

労働衛生 (ろうどうえいせい)
occupational health

労働者の安全と衛生を確保するための諸対策を講ずること。具体的には,災害の予防,疾病予防,健康の保持・増進のための諸活動がある。長い経験の中から確立された今日の労働衛生の基本的な課題をあげる。(1)労働の適正化 (a)週休2日,週40時間を目標にした労働時間,休憩,休日,休暇の配置,(b)労働の編成 4組3交替勤務,深夜勤3日以内を目標にした夜勤交替制の検討,単調な繰返しを避け,作業の総合判断を可能にする作業分担の検討,エネルギー消費の減少にかわって神経緊張が増加し,実働率が大きくなっていく作業でのノルマ・作業密度の検討,(c)人間工学的にみた作業内容,作業姿勢,作業動作の改善。(2)安全にして衛生的な作業環境,機械・装置類の整備。(3)婦人,年少者の保護,中高年者の健康と能力に応じた対策。(4)労働適性 労働の内容に応じた適正な配置,病弱者の保護と適切な職場配置。(5)健康管理 疾病の早期発見と予防,療養者のアフターケアと職場復帰,職場の人間関係の改善と精神衛生,労働の内容に応じた緊張を解きほぐすための作業体操や運動のくふう。(6)職業性の健康障害・災害の予防・治療と補償。

 こうした基本課題は,近年の産業技術の進歩,とくにマイクロエレクトロニクスの活用による情報処理の高速化,大規模化,ロボットの導入による作業システムの変化などによって,複雑な内容をもつようになった。そのため,単調・不快労働の減少や,労働力の社会的な意味での回復を重視し,技術革新による精神ストレス(これをテクノストレスという)や心身症などの健康障害防止,機械設備の設計段階での人間工学的チェックがいっそう重要になってきた。またレジャーの活用による人間性の回復は,労働衛生の面からみても大きな意義をもつようになった。大企業の労働衛生は徐々に改善されてきているが,小規模零細企業,家内労働での対策は著しく遅れている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「労働衛生」の意味・わかりやすい解説

労働衛生
ろうどうえいせい
industrial health

労働者の健康を維持するために,職場の労働条件や作業環境を改善すること。広義には,職場以外の労働者の生活を健康的なものにするという意味にも使われる。日本でこうした問題が公に取上げられたのは,1890年代で,当時,繊維業が中心産業であったが,ここでの労働者は年少女工が多く,肺結核にかかる者も多数にのぼった。そのため,のちに工場法が制定されたが,第2次世界大戦後は労働基準法およびそれによる労働安全衛生規則労働安全衛生法などの制定により,労働衛生上の諸問題は著しく改善された。

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百科事典マイペディア 「労働衛生」の意味・わかりやすい解説

労働衛生【ろうどうえいせい】

労働者の健康の保全と増進を図るための研究および実践活動。産業衛生または工場衛生とも。労働者の適性,労働環境条件,労働時間,労働強度,作業方法,疲労,職業病,労働精神衛生,労働災害,防護具などの諸問題を取り扱う。

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世界大百科事典(旧版)内の労働衛生の言及

【産業衛生】より

…そこで,労働者の人間としての能力を適正に発揮させるための計画や,労働者の人間生理に見合った環境や作業方法,作業量を設定するための検討を行い,産業現場の労働の編成や,環境,機械・装置を健康を維持できるように計画したり,すでにでき上がった不適切なものを修正する活動が必要となる。これが産業衛生(労働衛生)である。最近では,労働者の健康増進,保健管理も広く含めて,産業保健industrial healthあるいは職業保健という言葉も用いられる。…

※「労働衛生」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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