労働裁判所(読み)ろうどうさいばんしょ

改訂新版 世界大百科事典 「労働裁判所」の意味・わかりやすい解説

労働裁判所 (ろうどうさいばんしょ)

労働関係に関する法的紛争を処理するための特別裁判所。労働関係をめぐる法的紛争は迅速な解決の必要性など一般の争訟と違った性質をもっているところから,労働事件を処理するための特別な訴訟手続や機関が設けられることがある。日本においても久しく労働裁判所の必要性が説かれているが,地方裁判所のいくつかに労働事件を専門に取り扱う部が置かれているほかは特別な措置はとられていない。

(1)フランス 各国の労働裁判所のうち最も長い歴史を有するのがフランスの労働審判所conseil des prud'hommesである。ナポレオン1世治下の1809年につくられたこの制度は,労働関係から生ずる個別的紛争を労使代表を審判官とする二者構成の司法機関で処理しようとするものであり,その起源は古く中世の職業別紛争処理制度に発するとされる。調停部と判定部から成る労働審判所は厳格な調停前置主義を採っており,調停不調の場合に限って労使審判官の合議による判定が下される。その判定に対する控訴および上告はそれぞれ通常の裁判所である控訴院cour d'appel,破毀院cour de cassationになされる。すなわちフランスの労働審判所は労働事件に関する初審裁判所として一般の裁判所制度の中に組み込まれているのである。

(2)ドイツ ドイツの労働裁判所Arbeitsgerichtは労働裁判所,ラント(州)労働裁判所および連邦労働裁判所の三審制を採るそれ自身完結した制度となっている。労働裁判所制度はワイマール共和国の1926年法によって設けられ,戦後の53年連邦労働裁判所法による若干改革を経て今日に至っている。労働裁判所は各段階とも職業裁判官裁判長としてそれに労使代表の陪席裁判官を配した三者構成であり,刑事および政治的事項を除くあらゆる労働事件を処理する。第一審の労働裁判所による決定に対して州労働裁判所,さらに連邦裁判所へ控訴,上告できるのは訴訟物価額が一定額以上の場合あるいは法律問題に関する不服のみとなっている。

(3)スウェーデン スウェーデンの労働裁判所Arbetsdomstolenもドイツのそれと同じく三者構成であるが,一審制であり,重大な手続上の瑕疵(かし)がない限りそこでの判断は最終的なものとされる。1929年に設立されたこの労働裁判所は,原則として労働協約当事者間の協約の解釈適用をめぐる争いのみを取り扱う(それに対し個別労働者の協約違反の主張は全国協約で設置される労働市場委員会における仲裁制度で処理される)。

(4)イギリス イギリスにも産業裁判所industrial courtが1919年以来置かれているが,この三者構成の協約紛争処理機関は裁判所というよりむしろ仲裁委員会であり,労使の一方からの申請により協約の解釈を行うほか労使双方の付託により新たな協約規定を決定している。もっとも労働裁判所は受理した事案につきそれを解決すべき法規定や協約規定などを欠く場合多少とも仲裁的機能を果たすのであり(そのため労使代表が関与する),労働裁判所と労働仲裁機関を明確に区別することは難しい。
労働争議調整制度
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の労働裁判所の言及

【裁判官】より

…連邦裁判所のすべての刑事事件および民事事件のうちコモン・ロー上の訴訟については,陪審審理が保障されており,州の裁判所でも,同様に陪審制度が重視されている。(3)ドイツ連邦共和国 司法権は,通常裁判所,労働裁判所,行政裁判所,財政裁判所および社会裁判所の五つに分属していて,それぞれにつき,各州の下級裁判所と連邦の最上級裁判所とがあり,このほかに違憲立法審査権をもつ憲法裁判所が連邦および州にある。それぞれの裁判官にも違いがみられるが,中心となるのは,キャリア・システムの職業裁判官である。…

※「労働裁判所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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