化学シフト(読み)かがくしふと(英語表記)chemical shift

日本大百科全書(ニッポニカ) 「化学シフト」の意味・わかりやすい解説

化学シフト
かがくしふと
chemical shift

化合物から得られる物理的信号が本来単一であるべきなのに、化合物中の電子や隣接する官能基などの影響を受けて、複数になったり信号がずれたりする現象をいう。核磁気共鳴シグナルの説明に用いられたのが始まりである。たとえば、プロトン核磁気共鳴では、プロトンH+磁気モーメントは一定であるから、つねに一定の周波数の信号を出すことが予想されるが、エタノールエチルアルコール)では、メチル基CH3-、メチレン基-CH2-、ヒドロキシ基-OHのそれぞれのプロトンが異なる共鳴周波数をもつ。これは、同じプロトンでありながら、隣接する官能基の影響で、実際に作用する磁場が異なるためである。核磁気共鳴の場合、化学シフトσ(シグマ)は次のように与える。

  σ=(ν標準-ν)/Ho
ここでHoは作用した磁場の強さで通常MHzであるから、σはppmの単位(100万分の1)である。

 一般に、注目している核の周りの電子密度が増せば、実際に作用する磁場の強さが弱まるので、共鳴周波数が低くなり、化学シフトσが大きくなる。最近では光電子スペクトルの化学シフトを利用して、物質の同定を行うことができる。

[下沢 隆]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「化学シフト」の意味・わかりやすい解説

化学シフト
かがくシフト
chemical shift

核磁気共鳴においてみられる現象で,化合物を構成する原子原子核は電子状態や原子間の結合状態によって同一の核種でも,その共鳴周波数がわずかに変化する。この違いを化学シフトと呼ぶ。たとえば,同一原子のプロトンでも,-CH3 ,>CH2 ,>-CH ,-OH など,その結合状態の違いにより,プロトンの共鳴周波数が違う。この違いと,共鳴強度とから水素原子の結合状態を知ることができるので,化学シフトは有機化合物分子構造を決定する手掛りとして重要な物理量である。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

化学辞典 第2版 「化学シフト」の解説

化学シフト
カガクシフト
chemical shift

核磁気共鳴(NMR)スペクトルにおいて,同一核種であるにもかかわらず,その核種が置かれた化学的環境を鋭敏に反映して,その共鳴振動数が変化する現象をいう.その変化量は,一般に共鳴振動数の百万分の一程度の大きさであるが,精密に測定することができ,分子構造についての知見が得られる.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の化学シフトの言及

【核磁気共鳴】より

…これに対して液体や溶液のシグナルは狭い線幅をもつ。
[化学シフト,スピン結合定数]
 核が一定の静磁場B0の中に置かれたとき,式(1)によれば核の種類が同じであれば共鳴周波数νも同じはずである。しかし核のまわりの電子によって磁場から遮へいされるため,核が実際に感じる磁場はB0そのものではなく,それよりごくわずか小さい磁場Bである。…

※「化学シフト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

青天の霹靂

《陸游「九月四日鶏未鳴起作」から。晴れ渡った空に突然起こる雷の意》急に起きる変動・大事件。また、突然うけた衝撃。[補説]「晴天の霹靂」と書くのは誤り。[類語]突発的・発作的・反射的・突然・ひょっこり・...

青天の霹靂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android