原発性胆汁性肝硬変

内科学 第10版 「原発性胆汁性肝硬変」の解説

原発性胆汁性肝硬変(肝・胆道の疾患)

定義・概念
 原発性胆汁性肝硬変(PBC)は,病因・病態に自己免疫学的機序が想定される慢性進行性の胆汁うっ滞性肝疾患である.中高年女性に好発し,皮膚瘙痒感で初発することが多い.黄疸は出現後,消退することなく漸増することが多く,門脈圧亢進症状が高頻度に出現する.臨床上,症候性(symptomatic)PBC(sPBC)と無症候性(asymptomatic)PBC(aPBC)に分類される.aPBC は無症候のまま数年以上経過する場合がある.sPBCのうち2 mg/dL以上の高ビリルビン血症を呈するものをs2PBCとよび,それ未満をs1PBCとよぶ(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
疫学
 厚生労働省調査研究班の全国調査によると,男女比は約1:7,診断時平均年齢は56歳で幼小児期での発症はみられない(図9-6-1).専門施設を対象とする本調査では,発生数は1980年の調査開始以来増加傾向にあったが,1990年代以降は横ばいで推移している.新たに診断される症例のうち約70%以上は無症候性PBCである.無症候性PBCを含めた患者総数は約5万~6万人と推計される(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
病因
 本症は種々の免疫異常とともに自己抗体の1つである抗ミトコンドリア抗体(anti-mitochondrial antibody:AMA)が特異的(90%)かつ高率(90%)に陽性化し,また,慢性甲状腺炎Sjögren症候群などの自己免疫性疾患や膠原病を合併しやすい.さらに,組織学的には障害胆管周囲に免疫機序の関与を示唆する高度の単核球浸潤がみられ,胆管上皮細胞層にも単核球細胞浸潤がみられる.免疫組織学的に浸潤細胞はT細胞優位であり,小葉間胆管上皮細胞表面にはHLAクラスⅡ抗原の異所性発現がみられることなどから,病態形成には自己免疫学機序が強く関与していると考えられる.
1)遺伝要因:
家族集積性のあること(患者同胞の発症危険率10.7)や一卵性双生児におけるconcordance rate(一致率)が0.63ときわめて高いことなどから,発症には遺伝的素因の強い関与が示唆される.主要組織適合抗原(MHC)クラスⅡ抗原HLA DR8(DRB1*08)が人種をこえて疾患感受性遺伝子として働いている可能性が想定され,ゲノムワイド関連解析研究(GWAS)により,DR以外の新たな疾患関連遺伝子多型の情報が集積されつつある(Nakamura ら, 2012).
2)環境要因:
ほかの多くの疾患同様,本疾患も多因子疾患であり,遺伝学的要因を基盤に環境要因が作用することよって発症し,病態形成がなされることが推定されている.PBC患者では反復性の尿路感染が多いことなどにより,大腸菌などの細菌が感染することによって,細菌の構成蛋白と分子相同性を示す自己抗原を認識するT細胞にトレランスの破綻が生じ,自己免疫反応が活性化して発症し,AMAの産生や組織障害をきたす機序が想定される(Shimoda ら, 1995).一方,工業地帯や汚染廃棄物処理施設の近郊で発症が多いとの疫学研究や,生体異物(xenobiotics)による修飾で動物実験モデルが作成されるなどの研究により,大気汚染や化学物質,化粧品などによる抗原の修飾がPBC発症のきっかけとなっている可能性が想定されている.
3)PBCに特徴的な自己抗体-抗ミトコンドリア抗体(AMA)と抗核抗体:
AMAの対応抗原として,ピルビン酸脱水素酵素E2コンポーネント(PDC-E2)をはじめとする多数のミトコンドリアを構成する蛋白が明らかになっている(表9-6-1).PDC-E2反応性CD4陽性T細胞がPBC患者の肝臓,所属リンパ節および末梢血で有意に増加していることが示され,本疾患の成立・維持に重要な役割を果たしていることが想定される.
 PBCではAMAのほか,抗セントロメア抗体,抗核膜孔抗体(抗gp210抗体),抗multiple nuclear dot抗体(抗sp100抗体)など数種の抗核抗体も陽性化する.核膜孔の構成成分に対する抗gp210抗体は特異度ほぼ100%と疾患特異性が高く,PBC患者の約20~30%で陽性化する.本抗体は予後不良なPBC症例で陽性になる率が高く,PBCの臨床経過の予測因子として有用であることが示されている(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
臨床像
1)症状・身体所見:
本疾患にみられる症状は,①胆汁うっ滞に基づく症状,②肝障害・肝硬変および随伴する病態に伴う症状,③合併したほかの自己免疫疾患に伴う症状に分けて考えることができる.病初期は無症状であるが(無症候性PBC),黄疸を呈する以前から胆汁うっ滞に基づく瘙痒感が出現する.症候性PBCでは,特徴的には,瘙痒のために生じた掻き疵,脂質異常症に伴う眼瞼黄色腫が観察され,肝臓は腫大している.
2)臨床検査成績:
慢性の胆道系酵素(アルカリホスファターゼ,γ-GTP)の上昇,血清IgMの高値,AMAの出現が特徴的である.
3)合併症:
本疾患はほかの自己免疫性疾患・膠原病を合併しやすく,なかでもSjögren症候群,慢性甲状腺炎,関節リウマチの頻度が高い.門脈圧亢進症状を早期から呈しやすく,高齢で進行例では肝細胞癌の併発も考慮する必要がある.
4)臨床病期:
皮膚瘙痒感,黄疸,食道静脈瘤,腹水,肝性脳症など肝障害に基づく症候を伴う症候性PBC(sPBC)とこれらの症候を欠く無症候性PBC(aPBC)に分類される.症候性PBCはさらに,皮膚瘙痒感のみ認め黄疸を認めないs1PBCと,血清総ビリルビン値が2.0 mg/dL以上の黄疸を認めるs2PBCに細分される(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
肝組織像
1)PBCの病理所見:
自己免疫機序を反映する肝内胆管病変(慢性非化膿性破壊性胆管炎,chronic non-supprative destructive cholangitis:CNSDC)がPBC肝の基本病理所見であり,肉芽腫の形成も特徴的である(図9-6-2).肝門脈域小型胆管が選択的に進行性に破壊される.その結果,慢性に持続する肝内胆汁うっ滞が出現し,肝細胞障害,線維化,線維性隔壁が二次的に形成され肝硬変に進行する.
2)組織学的病期分類:
従来使用されてきた Scheuer 分類,Ludwig 分類による病期分類は,肝針生検標本ではサンプリングエラーの問題が常につきまとい限界があった.現在は,サンプリングエラーを最小限にするように工夫された中沼らによる新しい分類の使用が推奨されている.Ⅰ期(no progression),Ⅱ期(mild progression),Ⅲ期(moderate progression),Ⅳ期(advanced progression)の4期に分類される.
診断
 診断は厚労省研究班の診断基準(表9-6-2)に則って行うが,①血液所見で慢性の胆汁うっ滞所見(ALP,γ-GTPの上昇),②AMA陽性所見(間接蛍光抗体法またはELISA法),③肝組織像で特徴的所見(CNSDC,肉芽腫,胆管消失)の3項目が重要である(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
1)肝組織像が得られる場合:
①組織学的にCNSDC を認め,検査所見がPBC として矛盾しないもの.②AMA が陽性で,組織学的にはCNSDC の所見を認めないが,PBC に矛盾しない(compatible)組織像を示すもの.
2)肝組織像が得られない場合:
③AMA が陽性で,しかも臨床像および経過からPBC と考えられるもの.
鑑別診断・除外診断
 画像診断(超音波,CT)で閉塞性黄疸を完全に否定した上で,慢性の胆汁うっ滞性肝疾患および自己抗体を含む免疫異常を伴った疾患という観点から鑑別診断があげられる(表9-6-3).
1)PBC-AIHオーバーラップ症候群(PBC-AIH over­lap syndrome):
PBCの特殊な病態として,肝炎の病態をあわせもちALTが高値を呈する本病態がある.副腎皮質ステロイドの投与によりALTの改善が期待できるため,PBCの亜型ではあるが,PBCの典型例とは区別して診断する必要がある.
2)AMA陰性PBC,自己免疫性胆管炎(AIC)
AMAは陰性であるがPBCに典型的な肝組織像を呈し,PBC症例の約10%を占める.これらのうち抗核抗体陽性を呈する病態に対しautoimmune cholangiopathyあるいは autoimmune cholangitis(AIC)などの名称が提唱された.副腎皮質ステロイドの投与が奏効する症例もあり,UDCAの効果がみられない場合には試みられる.
経過・予後
 病名は「肝硬変」となっているが,現在は早期に診断することができるようになり,またUDCAの効果もみられることから,現在診断されている多く(70~80%)の患者は肝硬変には至っていない.
 PBCの進展形式は大きく3型に分類される(表9-6-­,図9-6-3).多くは長期間の無症候期を経て徐々に進行するが(緩徐進行型),黄疸を呈することなく食道静脈瘤が比較的早期に出現する症例(門脈圧亢進症型)と早期に黄疸を呈し肝不全に至る症例(黄疸肝不全型)がみられる.肝不全型は比較的若年の症例にみられる傾向がある.
 黄疸期(s2PBC)になると進行性で予後不良である.5年生存率は,血清T.Bil値 が2.0 mg/dLでは60%,5.0 mg/dLで55%,8.0 mg/dLをこえると35%となる.PBCの生存予測に関する独立因子として,年齢,ビリルビン,アルブミンプロトロンビン時間,浮腫・腹水の存在,AST/ALTがあげられる.近年,抗gp210抗体陽性であることが予後不良因子であるとの成績が得られている.死因は症候性PBCでは肝不全と食道静脈瘤の破裂による消化管出血が大半を占めるが,無症候性PBCの予後はおおむね一般集団と変わりはない(図9-6-4).
治療
 根治的治療法は確立されていないが,ウルソデオキシコール酸 (ursodeoxycholic acid:UDCA)はPBC進展抑制効果を有し,現在第一選択薬である.予後の改善も期待でき,実際UDCAが投与される以前の時期と比較すると予後はかなり改善している.進行したPBCではUDCAで進展を止めることは難しく,肝硬変・肝不全に進行すれば肝移植が唯一の治療手段となる.血清総ビリルビン値が5.0 mg/dL以上になると肝移植を考慮し,肝移植専門医へ紹介することが望まれる.
1)薬物療法:
 a)ウルソデオキシコール酸(UDCA):胆道系酵素の低下作用のみでなく,組織の改善,肝移植・死亡までの期間の延長効果が確認されている(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).通常1日600 mgが投与されるが,効果が不十分の場合は900 mgに増量される. b)ベザフィブラート:UDCAの効果が乏しい症例でベザフィブラート(400 mg/日)が有効な症例もみられる(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012). UDCAとは作用機序が異なることから併用投与が望ましいとされる.  c)プレドニゾロン:通常のPBCに対する投与は病態の改善には至らず,特に閉経後の中年女性においては骨粗鬆症を増強する副作用が表面に出てくるので,むしろ禁忌とされている.PBC-AIHオーバーラップ症候群で肝炎所見が明瞭である場合は,本剤の投与が推奨される(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
2)肝移植:
胆汁うっ滞性肝硬変へと進展した場合は,もはや内科的治療で病気の進展を抑えることができなくなるため,肝移植が唯一の救命法となる(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).肝移植適応時期の決定は,Mayo(updated)モデルや日本肝移植適応研究会のモデルが用いられている. 移植後は免疫抑制薬を投与し,術後合併症,拒絶反応,再発,感染に留意し経過を追う.[石橋大海]
■文献
厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班:原発性胆汁性肝硬変(PBC)の診療ガイドライン(2012年),肝臓,53: 633-686, 2012.
Nakamura M, et al: Genome-wide association study identifies TNFSF15 and POU2AF1 as susceptibility loci for primary biliary cirrhosis in Japanese. Am J Hum Gen, 91: 721-728, 2012.
Shimoda S, Nakamura M, et al: HLA DRB4 0101-restricted immunodominant T cell autoepitope of pyruvate dehydrogenase complex in primary biliary cirrhosis: evidence of molecular mimicry in human autoimmune diseases. J Exp Med, 181: 1835-1845, 1995.

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六訂版 家庭医学大全科 「原発性胆汁性肝硬変」の解説

原発性胆汁性肝硬変
げんぱつせいたんじゅうせいかんこうへん
Primary biliary cirrhosis
(肝臓・胆嚢・膵臓の病気)

どんな病気か

 肝臓には肝細胞でつくられた胆汁が排泄される管、すなわち胆管系があります。これは、肝小葉内の隣接する肝細胞により形成される毛細胆管(もうさいたんかん)に始まり、細胆管(さいたんかん)をへて門脈域にある小葉間胆管(しょうようかんたんかん)に続いています。さらに、これが集合して太い隔壁胆管(かくへきたんかん)になって肝管(かんかん)に連続しています。肝門部で左右の肝管が合流して総肝管(そうかんかん)となり、肝外胆管に移行して総胆管へとつながっていきます。

 原発性胆汁性肝硬変(PBC)は、中年の女性に発生することが多い特徴的な病気です。肝臓のなかの小葉間胆管から隔壁胆管にかけての部位が、自己免疫の機序(メカニズム)によって徐々に破壊されるために胆汁の流れが悪くなり、その結果「慢性肝内胆汁(まんせいかんないたんじゅう)うっ(たい)(慢性非化膿性破壊性胆管炎)」が起こり、最終的には肝硬変へと進行する病気です。

 したがって、原発性胆汁性肝硬変という病名は病気の最終段階の病態を示したもので、最初から肝硬変で始まるというわけではありません。事実、ほとんどは肝硬変になる前に診断されているので、原発性胆汁性肝硬変と診断されても肝硬変になっていない人が大部分です。

 日本では、旧厚生省「難治性の肝炎」の調査研究班(1992年)により、表9に示すような診断基準が定められています。

原因は何か

 この病気の胆管破壊には、胆管上皮(たんかんじょうひ)細胞を標的とした自己免疫反応が関係していると考えられていますが、その発症機序が完全に解明されているわけではありません。しかし、各種自己抗体が陽性で、しばしば他臓器の自己免疫性疾患(たとえば、シェーグレン症候群慢性甲状腺炎(まんせいこうじょうせんえん)関節リウマチなど)を合併するなど、自己免疫性疾患(膠原病(こうげんびょう))としての特徴をもっています。

 最近、小葉間胆管もしくは隔壁胆管における主要組織適合性複合体(MHCクラスⅠ、Ⅱ抗原)の異常な表出と細胞障害性T細胞の作用、抗ミトコンドリア抗体の対応抗原のひとつであるピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体(PDC)のE2成分(PDC­E2)の胆管上皮への表出とこれを標的とした免疫反応など、胆管破壊に関係する自己免疫性反応が報告されています。

 原発性胆汁性肝硬変は、母娘、姉妹での発症例の報告があることから、その発症に何らかの遺伝的要因の関与も推定されています。

症状の現れ方

 慢性の肝内胆汁うっ滞の結果として、初発症状としては皮膚のかゆみが最も多く、黄疸(おうだん)がこれに続きます。このような症状がみられる場合を「症候性原発性胆汁性肝硬変(しょうこうせいげんぱつせいたんじゅうせいかんこうへん)」と呼びます。黄疸がいったん現れると、消えることはなく少しづつ増えることが多いようです。そのほか、脂質異常症高脂血症)に由来する皮膚の黄色腫(おうしょくしゅ)(もしくは黄色板)、肝腫大、カルシウムとビタミンDの吸収障害による骨粗鬆症(こつそしょうしょう)などを伴います。

 また、門脈圧亢進症状が高頻度に現れるため、食道静脈瘤(しょくどうじょうみゃくりゅう)とその破裂による出血もみられます。少数ですが、肝硬変になる前から門脈圧亢進が先行して、食道静脈瘤や脾腫(ひしゅ)による血小板減少を伴って、最初に食道静脈瘤で発見されたり、また、その破裂による消化管出血を初発症状とする患者さんがいます。

 長期の胆汁うっ滞が続くと、最終的には胆汁性肝硬変となり、高度の黄疸、腹水、浮腫、出血傾向、門脈圧亢進に関連する脾腫、血小板減少症など、通常の肝硬変の肝不全時にみられる症状が現れるようになります。

 一方、皮膚のかゆみや黄疸などの症状が認められない場合は「無症候性原発性胆汁性肝硬変」とされます。

 最近では、新たに診断される人のほぼ3分の2は無症候性であり、その多くは検診あるいは他の病気の治療中に偶然発見されています。無症候性と診断された人の多くは症状が出ないまま経過することが知られていますが、どの患者さんがやがて進行して症候性になるのか、また無症候性のまま経過するのかは臨床的に判別することはできません。

検査と診断

 肝内の初発病変は、小葉間胆管あるいは隔壁胆管などの中等大の胆管にあり、その部位の炎症性変化により胆管が破壊されるために、胆汁の流出が阻害され、それに伴って胆汁成分が血中で増加します。

 一般的な血液検査での特徴は、赤沈の亢進、アルカリホスファターゼ(ALP)、γ(ガンマ)­GTP、およびLAPなどのいわゆる胆道系酵素の血中レベルの上昇で、そのほか、高コレステロール血症、血清銅値の上昇がみられます。胆汁の流れが悪くなるために、ビタミンA、D、E、Kなどの脂溶性ビタミンの吸収も悪くなるので、骨粗鬆症が悪化する原因になります。

 AST(GOT)、ALT(GPT)などの肝細胞障害を反映する検査項目は、病気の初期には上昇がみられないか、もしくは軽度上昇にとどまります。しかし、胆汁うっ滞が強くなって肝細胞障害が現れるとALT、AST値も上昇します。

 最も特徴的な検査所見は、IgMの上昇、抗ミトコンドリア抗体陽性、抗ミトコンドリア抗体亜分画の抗M2抗体陽性などです。

 確定診断は、腹腔鏡下もしくは超音波下で肝生検を行って、この病気に特徴的な「慢性非化膿性破壊性胆管炎(まんせいひかのうせいはかいせいたんかんえん)」の病理組織学的所見を確認することです。

 区別すべき疾患として、慢性肝内胆汁うっ滞症の共通した臨床像を示す薬剤起因性肝内胆汁うっ滞、肝内型原発性硬化性胆肝炎、成人性胆管減少症、閉塞性黄疸などがありますが、いずれの病気も抗ミトコンドリア抗体が陰性です。

治療の方法

①日常生活と食事

 診断が確定したあとは、定期的な検査を行って経過観察をする必要があります。無症候性の場合はもちろん、症候性であっても、症状が比較的落ち着いていたり、ウルソデオキシコール酸(UDCA:ウルソ)などの服用で経過が良好な場合も、同薬剤の服用を続けながら普通の日常生活が可能です。

 食事は銅含有量の多い食品(貝類、レバー、キノコ類、チョコレートなど)を避け、胆汁分泌が不良であることを考慮して、脂肪をとりすぎないように注意します。とくに黄色腫や高コレステロール血症が明らかな場合には、高脂血症に準じた食事療法が大切です。

 骨粗鬆症は中年以降の女性では注意が必要なので、カルシウム、リン、亜鉛などのミネラルの摂取と適度な運動による骨塩量の減少予防対策が重要です。

②薬物療法(表10

 確立した治療法はありませんが、そのなかで有用性が認められているのはウルソデオキシコール酸(ウルソ)と肝移植療法です。そのほか、対症的に、高脂血症にベザフィブラート(ベザトールSR)の内服を、皮膚のかゆみにコレスチミド(コレバイン)や抗ヒスタミン薬(ポララミン、ジルテックなど)の内服を、そしてビタミン吸収障害に脂溶性ビタミン製剤(A、D、K)の注射などで、それぞれ投与します。

 コルチコステロイド(副腎皮質ホルモン薬)は、初期の原発性胆汁性肝硬変や自己免疫性肝炎を合併している場合に適応されますが、長期に服用すると骨粗鬆症を悪化させます。眼の乾燥、口腔乾燥などのシェーグレン症候群に対しては、対症的に人工涙液・唾液などを用います。

 原発性胆汁性肝硬変に対するUDCA療法では、治癒するという報告はありませんが、血液生化学検査ではALP、γ­GTP、総ビリルビン、トランスアミナーゼなどが改善するとされています。アルブミンや凝固能は変わりません。また、皮膚のかゆみや全身倦怠感(けんたいかん)などの自覚症状は変わらないという報告が多くみられます。最も重要な肝生検組織像や生存率に及ぼす影響については、一致した見解はありません。

 UDCA療法が普及して十数年が経過して、この病気の生存率は改善されてきたような印象を受けます。しかし、実際には経過がゆっくりであり、また患者さんによって進行がさまざまなので、肝組織や生存率の改善の効果判定には、多数の患者さんについてより長期に観察する必要があると思われます。

 最近、高脂血症治療薬のベザフィブラートには、胆汁うっ滞による胆管障害とそれに伴う炎症の改善、免疫調整作用など多様な効果があることが明らかにされています。ベザフィブラート単独、もしくはUDCAとの併用療法が肝内胆汁うっ滞の改善に有効との報告があります。

肝移植(かんいしょく)

 原発性胆汁性肝硬変は肝移植のよい適応疾患です。日本では、欧米と異なって脳死肝移植はまだ少数で、生体部分肝移植が行われることが多くなっています。

 米国のピッツバーグ大学における脳死肝移植の成績では、原発性胆汁性肝硬変を含む胆汁うっ滞性肝硬変は、適切な移植時期を選択することで移植後の5年生存率は70%を超えています。移植時期を決定するための予後予測モデルが開発されていますが、病期の進んだ患者さんでは移植後の生存率は低くなっています。

荒川 泰行


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「原発性胆汁性肝硬変」の意味・わかりやすい解説

原発性胆汁性肝硬変
げんぱつせいたんじゅうせいかんこうへん
primary biliary cirrhosis; PBC

胆管の炎症のため胆汁が流れにくくなり,肝臓内に胆汁が停滞することによって起る慢性進行性の肝疾患。病状が進めば最終的には肝硬変にいたる。 50歳代をピークとして発病し,1対8の割合で女性に多い。自己免疫異常が関与しているとみられるが,詳しい原因は不明であり,1990年厚生省が難病に指定した。初期には全身のかゆみや黄疸が現れることが多いが,最近では肝機能検査値の異常をきっかけに見つかる,症状のない PBCもふえている。胆汁の流れを促すウルソデオキシコール酸や免疫抑制剤などの投与で進行を遅らせることも可能であるが,決定的な治療法はない。症状の程度や進行には個人差があるが,肝硬変にいたり肝不全になった場合,肝移植治療も検討される。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の原発性胆汁性肝硬変の言及

【黄疸】より

…肝内胆汁鬱滞は広義の肝性黄疸にはいり,種々の原因により肝細胞の胆汁分泌機能が障害されたために,ビリルビン,胆汁酸などの胆汁成分が肝組織内と血中に停滞した状態である。肝内胆汁鬱滞の範囲にはいる疾患として,ウイルス性および薬剤性肝内胆汁鬱滞,妊娠性反復性肝内胆汁鬱滞,原発性胆汁性肝硬変,原発性硬化性胆管炎などがあげられる。原発性胆汁性肝硬変は,中年以後の女性に好発し,症状は皮膚搔痒(そうよう)感で始まり,しばしば免疫異常を伴う。…

【肝硬変】より

…肝臓が硬くなる病気で,肝硬変の肝臓が黄色を帯びていたことから,ギリシア語のkirrhos(帯黄色の)が語源となった。主として肝炎から進展した肝硬変症と,非ウイルス性の自己免疫性の機序によって起こる原発性胆汁性肝硬変がある。
【肝硬変症cirrhosis of the liver】
 極度に進んだ肝臓障害(瀰漫(びまん)性肝障害)。…

※「原発性胆汁性肝硬変」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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