精選版 日本国語大辞典 「吉野川」の意味・読み・例文・類語
よしの‐がわ ‥がは【吉野川】
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愛媛県と高知県との境をなす
吉野川の川名の初見は、建仁四年(一二〇四)二月一七日の
本流は三重県との県境、年平均降雨量四五〇〇ミリという
上市東方付近までの上流は山間にV字谷が発達し、吉野郡川上村大字
愛媛県境にそびえる土佐郡
吉野川の名称について「阿波国図鑑」(「大豊町史」所引)に「阿波国大川は、土佐国境より土州分七里のみ、往古は阿土川と云ふ。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
徳島県北部の市。2004年10月鴨島(かもじま),川島(かわしま),山川(やまかわ)の3町と美郷(みさと)村が合体して成立した。人口4万4020(2010)。
吉野川市東部の旧町。旧麻植(おえ)郡所属。人口2万5288(2000)。徳島平野中央部,吉野川中流域南岸に位置する。中心市街はJR徳島線,国道192号,318号線が通る鴨島で,古くから交通の要地として発展した。明治初期まではアイ作の一中心地であったが,明治中期以降養蚕中心となり,製糸業が発達して大小の工場が立ち並ぶようになった。近年まで県下唯一の製糸工場となった筒井製糸があった。農業は米作,野菜を中心とし,酪農も行われる。東部の牛島地区には工業団地がある。四国八十八ヵ所11番札所藤井寺,平康頼創建の玉林寺,鴨島公園,異常水温(夏季10℃以下,冬季20℃以上)の湧水で知られる吉野川遊園地がある。
吉野川市中部の旧町。旧麻植郡所属。人口8416(2000)。徳島平野中部,吉野川中流南岸に位置し,東西に延びた沖積平野と,四国山地の高越山脈北麓を占める。山麓には川島台地と呼ばれる河岸段丘が発達し,台地以西の蓮池,丸池,森池などは一連の河跡沼で,吉野川の古い流路を示す。戦国時代は川島氏の本拠地で,1585年(天正13)蜂須賀氏阿波入国後城山に阿波九城の一つ川島城を再興し,城下町を形成した。寛永年間(1624-44)に一国一城令で城は破却されたが,その後も郡代官所が置かれ,地方政治の中心として栄えた。現在も国や県の出先機関などが置かれている。農業は米作中心であるが野菜,ブドウ,ミカンなどの栽培も盛ん。川島城跡のある城山には,1981年勤労者野外活動施設として建てられた川島城があり,隣接して万葉植物園もある。二ッ森公園,水神ノ滝などもある。JR徳島線,国道192号線が通じる。
吉野川市南部の旧村。旧麻植郡所属。人口1417(2000)。周囲を四国山地の山に囲まれた典型的な山村で,中央部を流れる川田川とその支流東山谷川の谷底,および山地の緩傾斜地に集落が散在する。南西隣の美馬市の旧木屋平(こやだいら)村から北隣の旧山川町への古い交通路が縦断し,現在,その一部が国道193号線となっている。杉,ヒノキ,シイタケなど農林業が主産業であるが,ほとんどが零細な兼業農家である。1982年奥丸地区に旧東山鉱山(硫化鉄鉱)跡からわき出る鉱泉を利用した保養施設が開設された。ゲンジボタルの発生地(天)がある。
執筆者:赤池 享一
吉野川市西部の旧町。旧麻植郡所属。吉野川南岸に位置する。人口1万1673(2000)。1955年川田・山瀬両町と三山村の一部が合体して町制をしいた際に,高越(こうつ)山(1122m)の〈山〉と吉野川の〈川〉をとって町名とした。吉野川の支流川田川の段丘と吉野川の沖積地に集落が発達し,北部の平地部を東西に国道192号線とJR徳島線が並走する。中心地の川田は,南北朝時代に細川氏が館を築き,神社,寺院を創建して町が形成された。高越山は古くから修験者の信仰を集め,頂上には高越神社,頂上から少し下った所に高越寺がある。江戸中期の高越寺の祭礼には川田市(高越市)が立ち,吉野川流域の物資の交流が行われた。藩政時代から和紙の生産が盛んで,近年は民芸紙として京都に出荷される。高越鉱山では含銅硫化鉄鉱が採掘されたが,1969年に閉山した。山瀬は阿波忌部(いんべ)氏との関係が深く,忌部神社がある。高越山の山腹はツツジの名所で,少年自然の家(2006年閉鎖)もある。
執筆者:高木 秀樹
四国の中央部を東流して紀伊水道に注ぐ川。幹川流路延長194kmは四万十(しまんと)川に次いで四国2位,全流域面積3750km2は四国1位で,〈四国三郎〉の異名をもつ。高知県いの町の旧本川村,石鎚山系の瓶ヶ森(かめがもり)(1896m)付近に源を発してはじめは東流する。徳島県に入ると,大歩危(おおぼけ)・小歩危の奇勝を含む横谷をつくりながら四国山地を縦断して北流し,三好市の旧池田町付近からは中央構造線に沿って再び東流して徳島平野(吉野川平野)を形成,徳島市北方で紀伊水道に注いでいる。河口には三角州が発達する。
上流部では,平地は少ないが豊かな降水量を背景に包蔵水力に富み,吉野川総合開発事業の一環として1973年に完成した早明浦(さめうら)ダムをはじめ,高知県域だけで最大合計約75万kWの発電能力をもつ発電所が建設されている。また徳島県池田町にも,74年に多目的の池田ダム(総貯水量1265万m3)が完成した。洪水調節ばかりでなく,讃岐山脈を導水トンネルで抜けて年間2億4700万m3の農業・工業・上水道用水を香川県に送る香川用水などの水源としても利用されている。
一方,中・下流域は徳島県阿波市阿波町岩津付近を境にして,西半は幅2km前後の狭い谷底平野,東半はらっぱ状に広がる沖積低地となっている。この狭隘(きようあい)部の存在のため,古くから吉野川は洪水が多く,1927年に第1期改修工事が完了するまで下流部はたびたび洪水に見舞われ,流路の変遷も激しかった。住民は家,とくに土蔵の土盛りを高くし,軒下には川舟を用意していた。しかし洪水は肥沃な土壌ももたらし,徳島平野は江戸時代以来のアイ(藍)作地として知られ,またサトウキビや桑,ダイコンなどの畑作も盛んであった。明治末期以降,麻名(あさな)用水,板名用水(ともに1912完成),阿波用水(1956),吉野川北岸用水(1983)などの灌漑用水路の開削が進められて,現在では水田面積が畑地の3倍近くになっている。
吉野川は阿波地方の交通上の大動脈でもあり,支流の銅山川が合流する徳島県山城町川口付近から下流は江戸時代から水運が盛んで,高瀬舟によりアイ,タバコ,薪炭などが河口の徳島まで運ばれた。池田はその拠点の一つで,徳島からの上りの際にはひとりの船夫が河原に沿って長い綱で舟をひき,もうひとりは舵をとった。下りは3日でも,帆の利用できない上りは7日もかかったが,それでも舟1隻あれば徳島から池田へ月に1度の往復で一町百姓ほどの収入があり,船頭はいつも米の飯ばかり食べていたという記録がある。川舟1隻で600~1000貫と,陸上の駄馬の20倍もの積載能力があり,これらの舟から藩は通行税を取りたてていた。こうした機能は,現在では徳島線や国道192号線により代替されている。
執筆者:高木 秀樹
奈良県南東部,大台ヶ原山付近に発して北流し,吉野郡,五条市を西流して和歌山県に流入する川。和歌山県に入ると紀ノ川と呼ばれる。紀ノ川の全長136kmのうち吉野川は約80kmで,流域面積は約780km2。吉野町以西は中央構造線に沿って流れ,川の北は内帯,南は外帯となる。流域には河岸段丘が発達し,とくに右岸には伊勢街道が走り,吉野町上市,下市町下市,五条市などは交通・交易の中心地として発展した。上流部ではV字谷が形成され,川上村大滝付近では甌穴(おうけつ)がみられる。吉野杉を主にした林業地域として著名であるが,江戸前期ごろまでは鵜飼いが行われており,古くは,持統天皇吉野行幸のときの柿本人麻呂の歌にも〈上つ瀬に鵜川を立ち 下つ瀬に小網(さで)さし渡し……〉(《万葉集》巻一)とみえる。また花の吉野山とともに歌枕として多くの詠歌がある。いかだ流しによる木材輸送は近代以降も続いたが,やがてトラックによる陸上輸送にかわっていった。川上村には水量調節と発電を目的とした大迫(おおさこ)ダム,また支流の津風呂(つぶろ)川には津風呂ダムがある。大淀町下淵から御所(ごぜ)市樋野までの導水トンネル(長さ5km)で,吉野川の水を奈良盆地に導いて給水する,吉野川分水路によって,盆地南部の用水不足も解消された。
執筆者:高橋 誠一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…西南日本を地質的に外帯と内帯に分ける中央構造線に沿って廊下状の狭い谷を流れる。上流の奈良県内では吉野川と呼ばれ,和歌山県に入って橋本市より下流が紀ノ川と呼ばれる。水源にあたる大台ヶ原山(1695m)一帯は日本有数の多雨地帯で,樹林の生長がよく,吉野川流域は林業が発達している。…
…大和国(奈良県)吉野郡の吉野川上流地帯を主産地とする杉。奥地の川上郷に代表されるこの地方一帯は,杉の造林に好適な立地条件に恵まれていたため植林の歴史は古い。…
※「吉野川」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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