吟味筋(読み)ぎんみすじ

精選版 日本国語大辞典 「吟味筋」の意味・読み・例文・類語

ぎんみ‐すじ ‥すぢ【吟味筋】

〘名〙 江戸幕府の裁判手続の一種。およそ、今日の刑事裁判手続にあたるもので、被害者その他の者の訴えによる場合でも、また職権をもって犯罪を探査した場合でも、奉行所独自の判断によって、被疑者拉致(らち)または出頭させ取調べを行なう手続。→出入筋(でいりすじ)
御仕置例類集‐古類集・一・三五・天明八年(1788)御渡「右は、御勘定奉行掛り、吟味筋之者にて」

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デジタル大辞泉 「吟味筋」の意味・読み・例文・類語

ぎんみ‐すじ〔‐すぢ〕【吟味筋】

江戸幕府の裁判手続きの一。被疑者奉行所代官所の独自の判断で召喚して審理するもの。今日の刑事裁判にあたる。→出入でいり筋

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改訂新版 世界大百科事典 「吟味筋」の意味・わかりやすい解説

吟味筋 (ぎんみすじ)

江戸幕府の刑事裁判手続。民事訴訟手続である出入筋(でいりすじ)とともに,幕府の裁判法を構成し,吟味筋の手続による事件を吟味物といった。諸藩等の裁判法も,基本的には幕府に類似したものであった。吟味筋は裁判役所が被疑者を追及,審理,判断する糾問手続で,原告としての検察官の制度はなく,また裁判役所が自発的に捜査・審理を開始し,手続は〈御用〉として進行して,私人の処分を許さない職権主義であった。裁判官に当たる役人として寺社・町・勘定の三奉行,各地の遠国(おんごく)奉行,および代官等があって,それぞれ管轄の事件を裁判した。さらに1697年(元禄10)の自分仕置令によって,大名等封建領主の裁判権を超える他領関連の事件にも,裁判権をもっていた。弁護人の制度はなく,被疑者の弁護権は認められていなかった。

 犯罪の捜査は,密告,自首,被害の届出,検使の願出等によって始まることが多い。捜査に当たるものとしては江戸では同心のほか目明し(めあかし)が主力であった。捜査の方法として,親族,町村役人に命ぜられる(たずね),人相書や品触(しなぶれ)の配布等がある。同心,目明しは町の自身番屋等で被疑者を取り調べ,有罪と目される者だけを奉行所に連行した。この下吟味(したぎんみ)にはとくに法的規制もなかったので,不正不当な取扱いもありえた。犯罪者の逮捕を召捕,捕物といい,捕道具として十手が用いられた。法廷を白洲(しらす)といい,冒頭手続では奉行が出席して人定尋問を行い,一応の概略を調べて未決勾留の処置を決する。未決勾留としては重い場合は牢屋に収監するほか,手鎖(てじよう)を掛け,または掛けずに私人や団体に(あずけ)とした。白洲では被疑者を縄等で拘束しなかった。以後は奉行自身ではなく,下吟味の結果に基づきつつ下役が実質的に吟味する。町奉行所では吟味方与力が白洲とは別の場所で取り調べた。審理は被疑者の自白(白状)を得ることを目的とし,その犯罪事実は役人が書式に従って口書(くちがき)に録取した。口書ができると奉行は法廷に出座し,事件(一件)の関係者一同を集め,役人が口書を読み聞かせて(口書読聞(くちがきよみきけ))押印させ,あるいはすでに押印させた口書を確認させた(口書口合(くちがきくちあわせ))。この手続を経た口書を〈吟味詰り之口書(ぎんみつまりのくちがき)〉といい,これによって刑罰を決定した。自白を得るために拷問が許され,一定の法的規制のもとで牢屋で行われた。証拠については,有罪判決をするのに自白を必要とし,かつそれで十分であったから裏づけ捜査はよく行われず,口書には一部自白,虚偽自白はもとより,役人による虚構をいれる余地があった。

 各奉行や代官には専決できる刑罰の範囲(手限(てぎり))が定まっていた。これを超える事件や決しがたい事件は,先例ないし《公事方(くじかた)御定書》を準拠として刑罰を擬して老中にうかがう。老中,実質的には仕置掛奥右筆(おくゆうひつ)がその当否を判断し,重要な事件は評定所に下して一座に評議させ,その評議書を参考にして刑罰を決して指令を与えた。指令を受けた奉行は白洲に出座して判決を口頭で申し渡すが,死刑の場合は牢屋で下役人が行う。判決の申渡しを落着といい,ただちに刑の執行に移るのが原則である。上訴の制度はなく,誤判を修正するのは恩赦(御赦(おしや))しかない()。判決の申渡し,ないし刑の執行を行わない日を御仕置除日(おしおきのぞきび)といい,五節句や前将軍の命日など吉凶事を考慮して定められたが,1年の約半分に相当した。判決は口書が完成していれば死者に対してもなされた。公訴時効を旧悪(きゆうあく)といったが,あまり適用されなかった。判決が申し渡されると,死刑,遠島の場合を除き,一同より判決の順守を約する落着請証文を出させて裁判を終わった。〈六ヵ月届〉と称して吟味開始より6ヵ月以上解決しない事件は7ヵ月目に掛奉行より老中に届け,これは将軍の上聞に達した。吟味促進を目的とした制度であり,そのため牢屋等に長く拘置されることはまれで,一般に吟味の進行は速かった。裁判のための出頭,入牢に伴う費用等は本人負担を原則としたが,無宿のときは公費によった。

 武士に対してはその身分,社会的地位から特別の手続によった。大名,旗本等の最上級の武士には,召喚,尋問をせず,ただちに判決を下すことがあり,また封書尋(ふうしよたずね)といって書面を送って本人に罪状を問い,返答,弁解の機会を与え,あるいは自決を迫ることもあった。本人を召喚,審理する通常の手続には次のものがあり,そのうち御目見(おめみえ)以上に関する手続を詮議,その事件を詮議物という。(1)五手掛(ごてがかり)。三奉行各1人に大目付,目付各1人が立ち会い,評定所で行う。安政の大獄等政治的大事件について開かれた。(2)三手掛。掛奉行1人,原則として町奉行に大目付,目付各1人が立ち会うもので,これには2種あり,御目見以上の本人,妻,嫡子は評定所,同じく次・三男,厄介人は奉行所で行う。(3)掛奉行1人,原則として町奉行に目付1人が立ち会い,奉行所で御目見以下等を裁判した。1835年(天保6)の仙石騒動を裁いた四手掛という手続は,事情により三奉行の1人を欠く場合で,例外的なものである。武士に関する手続では,揚座敷,揚屋(あがりや)に勾留し,御目見以上で500石以上の武士は大名,旗本に預ける。供述録取書を口上書といい,書判をさせる。拷問も科されるが,老中にうかがうことを要する。刑罰はすべて老中にうかがい,判決申渡し,ないし刑の執行が終わると老中に届けた。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「吟味筋」の意味・わかりやすい解説

吟味筋
ぎんみすじ

江戸時代の訴訟手続の一つ。出入 (でいり) 筋に対するもので,裁判機関 (町奉行など) が訴えの有無にかかわらず,職権をもって犯罪を探査し,捕方 (とりかた。警吏) の手で召捕 (めしとり。逮捕) ,あるいは裁判機関の差紙 (さしがみ。召喚状) または手当呼出──被疑者の領主・地頭などをして,これを逮捕送致させることで,重罪の場合に行われた──をもって被疑者を召喚して吟味する手続である。なお,吟味筋では,原則として内済 (ないさい) は許されず,また出入筋で訴えられた事件でも吟味筋に切り替えられることもあった。この手続にかかる事件を吟味物といい,これには主殺,親殺,人殺,盗賊,火付,人勾引などがある。また,御目見以上の武士の吟味物は,特に詮議物と呼び,老中の命によって臨時に三手掛,五手掛という特別の係りを設けて裁判した。

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世界大百科事典(旧版)内の吟味筋の言及

【公事宿】より

…江戸の公事宿は〈江戸宿〉というのが公称で,馬喰町小伝馬町組旅人(りよじん)宿,八拾二軒組百姓宿,三拾軒組百姓宿の3組合が株仲間を形成しており,差紙(さしがみ)(役所への召喚状)の送達を委任されていたほか,宿預(やどあずけ)(宿での勾留。吟味筋出入筋とも行われた)の者に対する責任を負い,また評定所や奉行所などへの出火駈付(かけつけ)の義務などが課されていた。遠国の奉行所,代官陣屋所在地にあるものは〈郷宿(ごうやど)〉と称する。…

【裁判】より

…もっとも公事宿は訴訟代理権を欠く訴訟補佐人にすぎず,庶民はその策略的技術を嫌って,内心は尊敬していなかった。(2)裁判手続の種類 幕府の裁判は手続上吟味筋出入(でいり)筋に分かれ,その対象を吟味物と出入物もしくは公事と称した。吟味筋は職権主義的な糾問手続で,原告たる検察官はなく,〈御用〉として刑罰権の実現を目的とする刑事裁判と見てよい。…

【内済】より

…〈論所(ろんしよ)〉(地境論=境相論水論など)や〈金公事(かねくじ)〉(借金銀など利息付,無担保の金銭債権に関する訴訟)ではとくに強く内済が勧められ,制度的にも,用水論などでは訴状に裏書(目安裏判(めやすうらはん),目安裏書)を与える前に現地での熟談内済を命じ(場所熟談物),金公事では目安裏書に内済勧奨文言を加え,あるいは原告だけの申立てによる内済(片済口(かたすみくち))を認めるなど,特別な手続が定められていた。刑事裁判手続(吟味筋(ぎんみすじ))においても場合によって内済が許される(吟味(願)下げ)。内済の伝統は明治以後も〈勧解(かんかい)〉〈調停〉の制度に受け継がれた。…

※「吟味筋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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