和歌四式(読み)ワカシシキ

デジタル大辞泉 「和歌四式」の意味・読み・例文・類語

わか‐ししき【和歌四式】

四つ歌学書奈良時代の「歌経かきょう標式」と平安時代の「喜撰式」「孫姫ひこひめ」「石見女いわみのじょ式」の総称四家式

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精選版 日本国語大辞典 「和歌四式」の意味・読み・例文・類語

わか‐ししき【和歌四式】

和歌作法規則を記した四つの歌学書、奈良末期の「歌経標(かきょうひょう)式」、平安初期の「喜撰(きせん)式」「孫姫(ひこひめ)式」、原本は平安後期散佚した「石見女(いわみのじょ)式」の総称。「石見女式」以外を和歌三式ともいう。四家式。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「和歌四式」の意味・わかりやすい解説

和歌四式
わかししき

平安時代の歌学書とされていた『歌経標式(かきょうひょうしき)』(浜成(はまなり)式)、『倭歌(わか)作式』(喜撰(きせん)式)、『和歌式』(孫姫(ひこひめ)式)、『石見女(いわみのじょ)式』の総称。ただし現存の『石見女式』は鎌倉末期以降成立の偽作と認められる。鎌倉初期成立の『八雲御抄(やくもみしょう)』が四書を「四家式」としてまとめたのが、四書を四式として扱った初見である。『歌経標式』は宝亀(ほうき)3年(772)藤原浜成撰(せん)で、日本最初の歌学書であり、七病(「頭尾」「胸尾」「腰尾」「黶子(えんし)」「遊風」「同声韻」「遍身」)と三つの歌体(「求韻」「査体」「雑体」)の説明をしている。『倭歌作式』は『喜撰式』ともよばれるが、現存本は真作で、現在『新撰和歌髄脳』と称されているのが、平安末期に一部の人には信じられていた偽作であろうと推定されている。四病、畳句連句長歌、混本歌、八階(詠物など)、八十八物(異名をあげる)、二十六種(同上)の説明を内容とする。現存本(真作)には若干不審の点もあるが、『古今集』作者の喜撰作は信じがたいものの10世紀後半ころの成立と認められている。『和歌式』は『孫姫式』の名で知られ、八病および長歌の説明を内容とし、その八病は歌合(うたあわせ)批評などにしばしば取り上げられている。成立は円融(えんゆう)朝(10世紀後半)ころかと推定されている。『石見女式』は四病の説明から始まるが、以下に鎌倉末期以降の宗教的付会説が続き、平安時代のものではない。なお、平安時代に『安部清行(あべのきよゆき)和歌式』があったことが『袋草紙(ふくろぞうし)』『八雲御抄』に伝えられている。

[藤平春男]

『佐佐木信綱編『日本歌学大系1』(1957・風間書房)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「和歌四式」の意味・わかりやすい解説

和歌四式
わかししき

歌経標式』『喜撰式』『孫姫 (ひこひめ) 式』『石見女 (いわみのじょ) 式』の4つの歌学書を一括していう呼称。四家式とも呼ばれる。「式」は歌病 (うたのやまい) や歌体など和歌の規則や作法を記したものの意。四家式の名は鎌倉時代の『八雲御抄』などにみえ,奈良時代末期から平安時代初期にかけて成立したものとされていたが,藤原浜成著の『歌経標式』の宝亀3 (772) 年成立が明確であるほかは信頼しがたく,平安中期以後成立のものも入っているようである。その説は六条家の歌学などに摂取され,歌合の判詞などにも採用された。

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世界大百科事典(旧版)内の和歌四式の言及

【喜撰式】より

…喜撰法師作というが根拠はない。和歌四式(他に《歌経標式》《孫姫(ひこひめ)式》《石見女(いわみのめ)式》)の一つとして古来尊重された。最後の神世異名の部は枕詞の論として初期の重要なものであるが,それ以外特に見るべきものはない。…

※「和歌四式」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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