善宝寺(読み)ゼンポウジ

デジタル大辞泉 「善宝寺」の意味・読み・例文・類語

ぜんぽう‐じ【善宝寺】

山形県鶴岡市にある曹洞宗の寺。山号は竜沢山。平安時代妙達の開いた天台宗竜華寺を、永享年間(1429~1441)太年浄椿が再興。竜神を祭り航海漁業守護神として信仰される。曹洞宗三祈祷所の一。

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精選版 日本国語大辞典 「善宝寺」の意味・読み・例文・類語

ぜんぽう‐じ【善宝寺】

山形県鶴岡市下川にある曹洞宗の寺。山号は龍沢山。豊川の妙厳寺小田原最乗寺と並び、曹洞宗三祈祷所の一つ。天慶・天暦年間(九三八‐九五七)妙達が創建。龍神をまつっているため海運・漁業関係者の信仰が厚い

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日本歴史地名大系 「善宝寺」の解説

善宝寺
ぜんぽうじ

[現在地名]鶴岡市下川 関根

下川しもがわ西方加茂かも台地東麓にある。竜沢山と号し、曹洞宗。本尊は薬師如来。曹洞宗大本山総持そうじ(現神奈川県横浜市)の直末で末寺三九ヵ寺。当寺の略縁起によると天慶年間(九三八―九四七)金峯きんぼう山麓青竜しようりゆう寺の妙達が現在の寺地の北方竜華りゆうげの地に竜華庵を結んだ。これが当寺の始まりとされる。妙達は法華経を誦することを常行としていたところ、二竜神が人の姿となって現れ、教えを受けたと伝える。「法華験記」には妙達は「出羽国田川郡布山竜華寺の住僧なり」とあり、天暦九年(九五五)法華経を持ったまま病死して閻魔王のもとへ行ったが、法華経読誦の善行により七日後によみがえったという逸話を記す。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「善宝寺」の意味・わかりやすい解説

善宝寺
ぜんぽうじ

山形県鶴岡(つるおか)市下川にある寺。曹洞(そうとう)宗本山総持寺の直末寺で、通称「大山(おおやま)の善宝寺」ともいう。山号は龍沢山(りゅうたくさん)。本尊は薬師如来(にょらい)。天慶(てんぎょう)・天暦(てんりゃく)(938~957)のころ妙達上人(みょうたつしょうにん)が創建した天台宗の龍華(りゅうげ)寺を起源とする。延慶(えんけい)年間(1308~11)に本山総持寺の2世峨山紹碩(がざんじょうせき)禅師が龍華寺の旧跡で教化を垂れ、のち永享(えいきょう)年間(1429~41)に禅師7世の法孫、太年浄椿(たいねんじょうちん)禅師が遺志を継承して復興し諸堂を建立した。このとき曹洞宗に、また寺号を善宝寺に改めたとみられる。開創また再興のときに二竜神が姿を現し、法号を授けて寺内の貝喰池(かいばみのいけ)に身を沈めたという伝承をもつわが国有数の竜神信仰の寺で、昔から航海安全、大漁を祈願する漁業関係の信者が多い。菱田春草(ひしだしゅんそう)筆「王昭君の図」(県指定文化財)がある。

[中山清田]

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改訂新版 世界大百科事典 「善宝寺」の意味・わかりやすい解説

善宝寺 (ぜんぽうじ)

山形県鶴岡市に所在する曹洞宗の寺。山号は竜沢山。曹洞宗三祈禱所の一つとされる。前身を竜華寺といい,《今昔物語集》に〈出羽の国の竜花寺の妙達和尚〉の話がみえている。延慶年間(1308-11)には峨山韶碩がその旧址に住み,その後,嘉吉・文安年間(1441-49)に太年浄椿が再興して,善宝寺と改めたと伝える。当寺の縁起にはつねに竜神説話が伴い,山号の竜沢山も,浄椿が出現した2竜に受戒した故事に基づくとされ,寺内の竜王殿には竜王竜女の2神がまつられている。善宝寺は海神である竜神の祈願道場として有名で,全国の海運・漁業関係者の信仰が厚い。
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事典・日本の観光資源 「善宝寺」の解説

善宝寺

(山形県鶴岡市)
曹洞宗三大祈祷所」指定の観光名所。

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