国民代表(読み)こくみんだいひょう

改訂新版 世界大百科事典 「国民代表」の意味・わかりやすい解説

国民代表 (こくみんだいひょう)

国政の基準となる一般意思(総意)を決定する機関(国民代表府),またはその成員を意味することが多い。市民革命以降においては,一般に選挙による議会がその任務を担当しているので,国民代表という表現は,一般には議会または議員(政治家)を指すことになる。しかし,その意味は,国民代表制を支える原理と歴史の展開とともに変化しており,単純ではない。

 近代市民革命前のヨーロッパの身分制議会(等族会議)においては,僧侶,貴族,庶民の3身分の代表者がそれぞれの部会をもち,議員は各地域で身分ごとに選挙されていた。議員は,選挙母体の訓令に拘束され,これに違反した場合には罷免されることになっていた(命令的委任)。議員と選出母体の関係は,私法上の委任に基づく代理の制度にならって考えられていたのである。しかし,身分制議会は,一般意思を最終的に決定できる地位にはなく,主権者たる国王の諮問機関にすぎなかったので,近代的意味での国民代表府ではなかった。

議会が国民代表府として一般意思を決定するという考え方は,近代市民革命のなかで憲法に取り入れられた。そこでは,同時に,議員は全国民の代表であって特定の地域や身分などの代表ではない。したがって選挙区などからの命令的委任は禁止され,議員は発言・表決の自由をもつという考え方も取り入れられた。このような国民代表概念は,まずイギリスに発生し,そこで17世紀以降徐々に樹立された。〈議会は,異なった敵対的諸利益から,その代理人弁護人として派遣された大使たちの会合ではない。議会は一つの利益,すなわち全体の利益をもった一つの国民の審議のための集会である〉とする,ブリストルの選挙民に対するE.バークの演説(1780)は有名である。しかし,イギリスでのこの概念の展開は,比較的に無意識的,漸進的であった。

 それを意識的,急進的に樹立したのは,フランス革命であった。そこでは,〈国民(ナシオンnation)主権〉の原理からこのような概念が体系的に展開されていた。主権の主体としての〈国民(ナシオン)〉は国籍保持者の全体を意味し,主権はそのような〈国民〉に不可分のものとして専属させられていた。このような〈国民〉は,抽象的・観念的存在で主権をみずから行使できないから,代表制と必然的に結合する。〈国民〉の成員は,主権についていかなる権利ももっていないから,その行使に参加する固有の権利ももたず,代表の行動に注文をつけることはもちろんのこと,選挙権さえも当然には認められない。フランスの1791年憲法は,間接制限選挙を採用したうえで,〈県において任命される代表は,個々の県の代表ではなく,全国民の代表である。彼らにいかなる委任も与えることはできない〉と規定して,新しい国民代表概念をはっきりと打ち出していた。

 このような概念は,資本主義の展開を図ろうとしていたブルジョアジーの要請にこたえるものであった。彼らは,その展開に批判的な民衆の政治参加を排除し,〈余暇と教養〉をもった彼らの代表からなる議会に資本主義の展開に必要な法律を制定させようとしていた。この概念(以下,第1の概念と呼ぶ)は,その後相次いで諸国の憲法に取り入れられた。

 しかし,すでに市民革命時に,ブルジョアジーにも従属する立場にあった民衆の一部から別の国民代表概念が提出されていた。フランス革命では,彼らは,民衆の解放を求めて,〈国民(ナシオン)主権〉とは異なる〈人民(プープルpeuple)主権〉を掲げ,それをふまえてブルジョアジーと異なる国民代表概念を打ち出していた。そこでは,主権は社会契約参加者(普通選挙権者・市民)の総体としての〈人民〉にあり,その意思は各市民の意思の総計であると考えられていた。そこでは,各市民は当然に主権の行使に参加する権利をもっており,一般意思は全市民の参加によって決定されなければならないことになる。代表制をとる場合でも,それは全市民による一般意思の決定という原則と矛盾してはならない。ここでは,普通選挙はもちろんのこと,代表関係の正確性(1票の価値の平等性),有権者に対する議員の従属性(有権者による訓令と罷免),会議の公開,国民の知る権利は当然となる。このような代表概念は,第1の概念と区別して〈人民(プープル)代表〉の概念といってもよい(以下,第2の概念と呼ぶ)。

 第2の概念は,市民革命以降においては,労働者階級を中心とする民衆を担い手として,第1の概念を批判する役割を一貫して営んできた。第1の概念は,第2の概念の担い手の自覚と強化に伴って,歴史的には絶えず後者の方向へ妥協的に展開してきている。普通選挙制度,代表関係の正確性,公約による選挙,会議の公開,知る権利などの展開・導入は,このことを示している。

日本国憲法がどちらの国民代表概念をとっているかも問題となる。第1の概念につながりやすい43条1項(全国民の代表)や51条(発言・表決の自由の保障)もあるが,15条1項(公務員の選定罷免権),同3項(普通選挙制度),同4項(投票の秘密と無答責),44条(選挙人・議員の資格の平等),57条(会議の公開)などからすれば,第2の概念をとっているというべきであり,関連規定の意味も,この立場から確定されるべきであろう。
国民主権 →主権
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「国民代表」の意味・わかりやすい解説

国民代表
こくみんだいひょう

議会の議員は、特定の選挙区・身分・利益の代表ではなく、全国民の代表として行動すべきであるという考え。日本国憲法においても、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」(43条)とある。このことは、日本国憲法が国民主権主義を掲げ、それまでの天皇主権にかわって、国会が国民代表の機関として国権の最高機関という地位・権限を有するようになった当然の帰結といえよう。

 中世ヨーロッパに存在した身分制議会では、僧侶(そうりょ)・貴族・庶民(市民)身分の代表者が三部会(イギリスでは僧侶・貴族身分と騎士〈小貴族〉・庶民身分による二院制)を構成し、議員は選出された母体である各身分の指令に拘束された(命令的委任=マンダ・アンペラティフ)。国民代表の観念は、イギリスでは、17世紀に起こった二つの市民革命(ピューリタン革命・名誉革命)を通じて、議会に最高権力があるという考えが登場するなかで定着した。フランスでは、18世紀末の人権宣言の前文において、「国民議会として組織されたフランス人民の代表者たち」と述べられ、その後、1791年フランス憲法、また1919年のワイマール憲法などでも、議員は全国民の代表者、議員に委任を与えることは許されない旨の規定がなされている。こうして、国民代表の観念は、各国における近代国家成立期に議会制と結び付き、絶対主義支配や専制政治を批判する民主主義思想としての役割を果たした。

 ところで、市民階級が絶対君主に対抗するために国民代表の理念を主張し、それによって国民大衆の支持を得たとはいえ、19世紀末までの各国における選挙制度は制限選挙であったから、選挙・被選挙権は「財産と教養ある」一部の人々に限定されていた。そこで、小市民層や労働者階級の数が急激に増大するなかで、国民代表の観念のもつ実質が問われることになり、参政権の拡大が叫ばれ、今日ではほとんどの国々で普通選挙制が実施されるようになった。したがって、今日の国民代表をめぐる問題は、国会議員が所属する政党や選挙区の利害だけで行動するのではなく、広く全国民的視野にたってその職責を果たしているかどうか、ということになろう。

[田中 浩]

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百科事典マイペディア 「国民代表」の意味・わかりやすい解説

国民代表【こくみんだいひょう】

近代議会における議員は,身分・選挙区・利益団体などの個別利害代表(代理人)ではなく,全国民の一体的利益の代表者でなければならないという観念。近代議会の成立に当たって重要な役割を果たした。身分代表,職能代表などの対立概念。→一般意思国会議員
→関連項目国民主権国会職能代表制選挙

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「国民代表」の意味・わかりやすい解説

国民代表
こくみんだいひょう

近代議会制度の基本原理の一つ。議会の議員は選出母体 (地域,階級,集団など) のいかんを問わず,その利害に拘束されることなく「全国民の代表」 (→代表 ) として「自己の良心に従ってのみ行動」するというものである。この原理は「身分制」議会から近代「国民」議会への変革過程で生れたものである。しかし社会に複雑多岐な利害の対立が生じ,また大衆民主主義のもとで議員と選挙民とのコミュニケーションが失われつつある現在,国民代表は仮構ではないかという批判が生じている。

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世界大百科事典(旧版)内の国民代表の言及

【議会】より

…イギリスではParliament,アメリカではCongress,フランスではChambre,ドイツではVolksvertretungという。
【身分代表から国民代表へ】
 合議体による政治決定という方式そのものの歴史はきわめて古く,部族社会の民会にまでさかのぼるが,近代議会の成立に重要なかかわりをもつのは中世身分制議会である。とくに近代議会発展史において他国に先がけた道をあゆんだイギリスでは,1965年に議会700年祭を祝ったことにもあらわれているように,中世身分制議会の伝統をひきつぎ,その発展という形で近代議会史がくりひろげられてきた。…

【国民主権】より

…このような全国民は,実際にはいかなる行動もできない集団で,国家権力もみずからは行使できない。そこでは国民代表とよばれる国民の一部にその行使をまかせざるをえず,代表制が必然となる。国家権力は全国民のものであり,個々の国民は,それについてなんらの権利ももっていないから,その行使に当然に参加できるわけではなく(したがって普通選挙も当然に認められるわけではなく),国民代表の行う政治について注文をつけ,その責任を追及する権利も当然にはもっていない。…

※「国民代表」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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