日本大百科全書(ニッポニカ) 「国民総幸福量」の意味・わかりやすい解説
国民総幸福量
こくみんそうこうふくりょう
gross national happiness
ブータン国民の幸福を表す尺度。ブータン第4代国王ジグメ・シンギ・ウォンチュックJigme Singye Wangchuck(1955― )が提唱した国家の理念。1972年の国王の「重要なのは国民総生産(GNP)ではなく、国民の総幸福量の増大である」という発言から始まった。国民総幸福、国民総幸福感ともいい、GNHと略称する。GNHは国民の幸福に必要な要素として以下の4本の柱を設けている。(1)持続可能で公平な社会・経済の開発。(2)自然環境の保護。(3)伝統文化の保護と発展。(4)よりよい統治。仏教的な価値観や民族の伝統を背景に形づくられたこの4本の柱は、世界の経済成長至上主義の方向性を見直すと同時に、伝統的な社会や文化、自然や生活の環境を守ることが、最終的に国民の幸福につながるという考え方に根ざしている。ブータン政府にとって、この理念をいかに日常的な政策や実践レベルの計画として実現するかが大きな課題であり、政府は国民の感情の変化を数値化するため、幸福に必要な4本の柱をもとに、9分野72の指標を策定して質問票を作成し、2年ごとに国民8000人に対して面談による聞き取り調査を行っている。9分野は以下のとおりである。(1)心理的な幸福、(2)健康、(3)教育、(4)文化、(5)環境、(6)地域の活性や回復力、(7)日常の活動への時間配分、(8)生活水準や所得、(9)よりよい統治。回答内容は経年変化や地域差などといったさまざまな軸から統計処理が行われ、政府の継続的な5か年計画の策定に反映されている。
この考え方が国際的に知られる契機となったのは、1998年の国連開発計画アジア・太平洋地域ミレニアム会議の基調演説によってである。以降、2004年にブータンで開かれたGNH国際会議には18か国から80名以上の参加者が集まり、GNH国際会議は、その後も世界各地で継続して開催されている。2006年12月、王位は息子の第5代国王ジグメ・ケサル・ナムギャル・ウォンチュックJigme Khesar Namgyel Wangchuck(1980― )に継承され、2008年に王政から議会制民主主義を基本とする立憲君主制に移行したが、GNHへの取り組みは変わることがなかった。ブータン政府はGNHの世界的な普及を目ざして活動を続けており、2012年(平成24)には日本政府がGNHに協調した研究を行い、普及を目ざす考えを示した。従来の国内総生産(GDP)という指標を検証する機会として、世界的に注目される社会の規準となっている。
[編集部]