土田献(読み)つちだけん

改訂新版 世界大百科事典 「土田献」の意味・わかりやすい解説

土田献 (つちだけん)

日本で精神病患者をはじめて専門的に診療した江戸後期の漢方医。生没年不詳。字は翼卿。1819年(文政2)刊行の著書《癲癇狂経験編(てんかんきようけいけんへん)》だけでその存在が知られている。陸奥で生まれ,江戸へ出て医学を学んだが,やがて名声がひろまり,10年余りの間に1000人以上の患者を治療したという。この臨床経験から約60例の症例を選んで簡潔にまとめあげたのが上記の本で,日本最初の精神医学専門書と目される。癲,癇,狂の証(診断)のもと,今日の統合失調症に相当する症例などを陰陽二気の増減盛衰で説明し,これを治療で調和させようとする。おもに用いられたのは柴胡湯などの漢方薬で,その大部分は今でも使われている。なお,自著の冒頭で著者は,癲癇狂が近ごろひじょうに増えており,これは〈太平が久しく,身分の貴い人も賤しい人も,思慮嗜欲節度がなくなったためではないか〉と述べていて,興味をひく。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「土田献」の解説

土田献 つちだ-けん

?-? 江戸時代後期の医師
江戸で医学をまなび,多数の臨床例をまとめ,日本で最初の精神医学専門書とされる「癲癇狂(てんかんきょう)経験編」を文政2年(1819)に刊行した。陸奥(むつ)出身。字(あざな)は翼卿。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の土田献の言及

【精神医学】より

…《一本堂行余医言》全22巻(1807∥文化4)の巻五で精神病を詳述した香川修徳,《療治茶談》(1808)で独特の心疾論を展開した田村玄仙,吐方を一種のショック療法として精神病に用いた中神琴渓,その門下で《吐方論》(1817)を著した喜多村良宅らの貢献が注目される。とりわけ,江戸で10年間に1000人以上の精神病者を治療して名をあげた土田献(翼卿)は日本で最初の精神科専門医と目され,その治療経験をまとめた《癲癇狂経験編》(1819∥文政2)は日本最初の精神医学専門書とみなされる。こうして築かれた江戸期の精神医学も,明治時代に入ると,ほかの漢方系医学と同じく急速に衰退し,西欧系の精神医学が代わって採用される。…

※「土田献」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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