培養(読み)ばいよう(英語表記)culture

翻訳|culture

精選版 日本国語大辞典 「培養」の意味・読み・例文・類語

ばい‐よう ‥ヤウ【培養】

〘名〙
① 草木を育て養うこと。
※玩鴎先生詠物雑体百首(1794)蕭寺菊「叢菊多時培養加、秋風果媚満籬花」
② 物事の根本を養い育てること。根本精神を養うこと。
※翁問答(1650)上「全孝のみちをくちにかたり身におこなひて、をしへの根本を培養(バイヤウ)すべし」 〔朱熹‐鵝湖寺和陸子寿詩〕
③ 微生物や動植物の組織の一部などを人工的に生育・増殖させること。
一年有半(1901)〈中江兆民〉附録「是れ又土溝の中に掃き込みて、亦黴菌の培養に加功するを常とせり」

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デジタル大辞泉 「培養」の意味・読み・例文・類語

ばい‐よう〔‐ヤウ〕【培養】

[名](スル)
草木を養い育てること。「花卉かき培養する」「培養土」
動植物の胚や組織または微生物を人工的に生活・発育・増殖させること。「がん細胞を培養する」
物事の根本を養い育てること。「観察力を培養する」
[類語](1栽培栽植水耕水耕栽培園芸造園築庭庭いじり土いじり庭仕事庭作りガーデニング/(2育てるはぐく養う養育扶育哺育ほいく飼育飼養栽培

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改訂新版 世界大百科事典 「培養」の意味・わかりやすい解説

培養 (ばいよう)
culture

微生物,動・植物の細胞,組織,器官を人工的に生育,増殖させること。

微生物の生育に必要なブドウ糖のような炭素源,ペプトンや硫酸アンモニウムのような窒素源,その他リン酸塩のような無機塩類,アミノ酸やビタミンのような生育因子などの栄養素を混合したものを培地culture mediumといい,微生物の培養に用いる。栄養素を水に溶かしたものを液体培地,それをゼラチンや寒天で固めたものを固形培地という。微生物研究の初期のころには,肉汁のような液体培地が用いられていたが,R.コッホはこれにゼラチンを加えた固形培地を考案し,初めて細菌を純粋に分離し,培養することに成功した。目的とする微生物のみを分離し培養するには,他の微生物の混入を防ぐために,使用する培地,器具などを滅菌し,無菌的に操作することが必要である。このような技術の開発により,多くの微生物が純粋に分離され,培養することができるようになり,微生物学は飛躍的に発展した。この無菌操作,純粋分離,培養の技術はのちにウイルスの研究,動・植物細胞の培養に広く応用されるようになった。

 微生物が固形培地に増殖し,肉眼で見える程度に生育したものをコロニーcolonyといい,コロニーは単一の細胞に由来するという考えに基づき,なん度も固形培地上にコロニーを形成させ,純粋分離を行う。さらに,そのコロニーの1個から白金耳を用いて適当な培地に釣菌(ちようきん)し,純粋培養の菌株を得ることができる。最近ではミクロマニピュレーターを用いて,顕微鏡下で単一の細胞を分離できるようになった。微生物に関する生理学,生化学の発達,それに伴う分離・培養技術の進歩,アミノ酸,ビタミンなどの微量生育因子が容易に入手できるようになったことがあいまって,現在では多数の微生物が培養できるようになった。

 一般に微生物は空気中の酸素を利用して生育するが,人の腸管などに存在するビフィドバクテリウムBifidobacteriumは酸素がある状態では生育できない。このような微生物を嫌気性微生物という。酸素を利用して生育する微生物を好気性微生物といい,このような微生物の培養は空気のある状態で行うことができるので,好気培養という。一方,嫌気性菌の培養には培養する容器の中の酸素を物理的,または化学的に除かなければならない。このような状態での培養を嫌気培養という。微生物の培養には温度,培地のpH,塩濃度も重要な因子である。深海の試料からの微生物の分離,培養には水圧も考慮しなくてはならない。多種類の微生物が混じっている試料から目的とする微生物のみを分離するには,他の微生物を排除するために,その微生物しか生育できないように,種々の生育環境因子を制御することによって目的を達成することができる。このような方法を集積培養という。例えば,石油のような特殊な化合物を利用できる微生物を分離するには,培地の炭素源として石油だけを用い,空中窒素を固定する微生物の分離には,無機および有機窒素化合物を加えない培地を用いる。また,高温で生育する微生物の分離,培養には60℃あるいはそれ以上の培養温度が要求される。

 微生物を固形培地や液体培地でそのまま静置して培養することを静置培養という。しかし,好気性の微生物の菌体を多量に必要とする場合には,液体培地をフラスコに入れ,振盪(しんとう)機で振盪しながら培養する。これは微生物細胞に大量の酸素を供給するためで,現在微生物学の分野で広く用いられ,振盪培養といわれている。さらに,50~100lの培養にはジャーファーメンターという培養装置が用いられている。もっと大量の培養には大型の発酵槽(タンク)を用いて多量の通気を行うとともに,機械的にかくはんする。これは抗生物質の生産や,その他の発酵に使用されている。現在では容量100tをこえるタンクが工業的に稼動しており,培養はほとんど自動的に制御されている。このような培養をタンク培養という。また,培養中の培地を少しずつ取り出すと同時に,新しい培地を同じ量だけ供給して培養をつづけると,一定の条件で連続的に微生物を培養することができる。これを連続培養といい,工業的にも利用されている。

 一方,ウイルスのように,その増殖のためには生活細胞が必要なものの場合には,発育中の鶏卵を利用した孵化(ふか)鶏卵培養法が用いられる。これは鶏卵に小窓をあけて,卵黄囊,尿膜腔,漿尿膜などに微生物を接種して培養する方法で,ワクチン製造などに際して行われている。

 微生物の純粋分離,培養の技術開発は,細菌性,ウイルス性疾患の治療に貢献し,また微生物による抗生物質の生産,アミノ酸・核酸,各種酵素剤の大量生産を可能にした。さらに,自然界の物質循環において微生物の果たす役割の解明におおいに役だっている。
執筆者:

ここでは,生物のからだから取り出した器官,組織,細胞を,適当な人工的環境下で生かし,増殖や機能を営ませる技法について述べる。このような培養は,複雑な生体の内的環境の変動や制御機構から解放された器官,組織,細胞の生存や生育の動態を,単純化した系の中や,人為的に制御された条件の中で観察し,解析するのに用いられる。多細胞動物のからだの中では,細胞膜は組織液にさらされており,組織液から水,無機イオン,アミノ酸,ビタミン,糖,酸素などの生存に必須な物質を取り込むと同時に,細胞の代謝産物を組織液の中へ排出している。組織液の組成,pH,浸透圧,温度などは,肝臓,腎臓,肺,中枢神経系などが調節し,血液系が感染を防護するというぐあいに,からだの中ではどの細胞も,他の組織や器官の働きに強く依存して生活している。したがって,生体から取り出された細胞が生存し機能するためには,からだの中の環境にできるだけ近い人工的な環境にする必要がある。生体外に取り出された細胞は,それ自身で生存するには無力なため,培養液の組成や性質によって培養の成否が決定する。したがって培養液は,(1)栄養分として細胞が必要とするすべての塩類,アミノ酸,脂質,炭水化物,ビタミン,成長因子などを含んでいること,(2)細胞が代謝により酸性物質を産生しても,pHを中性に維持できる毒性のない緩衝液を含んでいること,(3)生体の組織液と等張の濃度であること,(4)微生物の混入を防ぎ無菌状態を維持すること,が要求される。培養液には,動物の体液や組織液を使用する天然培地と,化学組成のわかっている物質を組み合わせて作る合成培地とがある。天然培地は血漿,血清,胚抽出物など,動物のからだから取り出されたもので,細胞に栄養物を供給し,また支持構造を作って物理的に支え,細胞の増殖や分化に適しているが,その化学組成を正確に知ることができない欠点がある。合成培地には,塩化ナトリウムを主体とした無機塩類で浸透圧を調整し,リン酸塩や炭酸水素塩の緩衝作用でpHを生理的状態に維持し,ブドウ糖をエネルギー源として加えた平衡塩類溶液などがある。しかし,この中では,限られた時間なら細胞は生存できるが,長期間にわたっての生存,増殖はできない。そこで哺乳類の細胞の場合はさらに栄養源として,少なくとも13種類のアミノ酸と8種類のビタミン類を必要とし,ほかに,微量の脂質類,ホルモン類,重金属塩類,核酸前駆物質,成長因子などを加えたものを用いる。一般には,合成培地9に血清を1の割合で加えて使用するが,細胞によっては合成培地だけでも生育する。これに抗生物質を加えて,細菌やカビの増殖を阻害する。さらに寒天(ゼラチン)を加えて,固形培地とすることもある。これらの各種イオン,栄養,pHなどの化学的環境因子のほかに,温度,光,酸素分圧,二酸化炭素分圧,支持体などの物理的環境因子も,培養に重要な条件である。

 動物の生体外培養は,組織培養,器官培養,細胞培養の3種類に大別される。組織培養tissue cultureは,組織の小片を培養液の入った容器内で増殖させたり,その正常な機能を続けさせるようにくふうされた最も古い培養法である。この方法では,細胞が組織片(外植体)の周辺部に移動(遊走)し,そこで活発に増殖して広がるため,組織はくずれて立体的な構造はしだいに失われる。この外植体から遊走して増殖した細胞を培養するやり方が,50年以上も培養の主流を占めていたため,1950年代以降の研究の大勢が,ばらばらにした細胞を培養しているにもかかわらず,組織培養の語が,細胞培養や器官培養を含めた生体外培養の一般名としても用いられている。現在でも,細胞を生体から分離して初めて体外で培養する初代培養primary cultureには,しばしばこの方法が使用されている。器官またはその一部を,細胞の増殖や移動をできるだけ抑えて,立体構造を保持させたままで培養するのを器官培養organ cultureと呼ぶ。これは器官の発生,分化や,正常な生理機能や,組織特異性の保持を目的とした培養法で,形態形成やホルモンの研究などの分野での重要な手法となっている。初期に開発された懸滴培養法と時計皿培養法とが,それぞれ改良を加えられ,前者はもっぱら神経系の培養などの限られた範囲で用いられるのみだが,後者は広く使用されている。組織や器官を構成する細胞,あるいは組織培養の初代培養細胞を,トリプシンなどによる酵素処理,物理的処理,または化学的処理によって,ばらばらに解離し,細菌や原生動物のような状態で培養するのが細胞培養cell cultureである。組織や器官の構造は失われ,細胞は生体から独立した生き物として,互いに遊離した状態で分裂して増殖を続ける。もとの組織や器官の備えていた種々の特性も失われ,脱分化した状態になる。この方法は細胞レベルでの分化,発癌のしくみ,物質代謝,老化などの研究に用いられる。継代培養が可能で性状の安定な細胞株や,単一細胞に由来するクローン細胞を用いると,遺伝的に均一な細胞での研究が可能である。細胞が培養器内で底面に接着し,細胞質をのばして増殖するのが単層培養monolayer cultureで,成熟した造血細胞以外の大部分の正常細胞はこの形式で増殖する。正常な細胞は,増殖して培養器底面をおおいつくし,互いに接触するようになると接触阻止現象contact inhibitionを生じて,それ以上は分裂しなくなる性質をもっている。このとき,細胞の一部を取り出して新しい培養器に移してやると,細胞は再び分裂を開始して増殖する。このようにして細胞を植え継いでいくと,ヒトの胎児の細胞では約50回継代すると分裂能力を失うことが知られている。形質転換して癌化した細胞では,接触阻止の現象がみられず,細胞は多層化して増殖を続ける。また,培養器の底面に接着せずに,細胞が球状になって培養液の中に浮遊したままで増殖するのを浮遊培養suspension cultureといい,造血細胞や腹水細胞などがこのような形で培養される。

 動物のからだを作っている無数の細胞は,上皮組織,結合組織,筋肉,神経の4種類の基本組織に大きく分類することができ,からだのどの部分からの組織片の細胞も,これらのどれか1種類,またはそれ以上の種類の細胞の組合せである。ところが,これらの細胞は培養系に移されると生体内での特徴的な構造や行動様式を規定している要因が働かなくなるので,個々の細胞を特徴づけている特異的な構造や機能が失われ,組織全体としての構築性がなくなる傾向を示して,互いに似かよったものにみえるようになり,その結果,特殊なもの以外は,細胞の行動様式から,培養細胞は繊維芽細胞,上皮性細胞,遊走細胞のいずれかに分類されることになる。

 これに対して植物では,分化した植物細胞を適当な培地に移して培養すると脱分化が起こり,細胞分裂を繰り返して無定形の組織塊を生ずる。これをカルスと呼ぶが,カルスの細胞は動物培養細胞と違って,培地に加える植物ホルモンの種類と濃度によって,根あるいは苗条を再分化させることができる。そしてそれから完全な植物体の形成が可能である。

生体外での細胞の培養は,1885年にW.ルーがニワトリ胚から取り出した組織片を,保温した塩類溶液中で数日間生かしておくことに成功し,ジョリーJ.Jollyがイモリの血液細胞を塩類溶液または血清中に取り出して,生きた細胞の運動と分裂を観察してはいるが(1903),細胞を再現性のある状態で培養器内で生育させるのに成功した最初はハリソンR.G.Harrisonであるといわれている(1907)。当時,脳や脊髄の中にある神経細胞の細胞体を,皮膚,腺,筋肉のような受容器官に結びつけている繊維の起源について,いくつかの仮説があった。ハリソンは,カエルの神経胚から切り出した神経組織の小片を,成熟したカエルの凝固リンパ液の懸滴の中で培養し,神経芽細胞から原形質が糸状に伸長して神経繊維が形成されてゆくようすを顕微鏡で観察して,神経繊維は神経細胞の細胞質からの突起として現れ,その先端が感覚器や筋繊維の縁に接触するまで伸びるという,ヒスW.Hisやラモン・イ・カハルS.Ramón y Cajalの説を実証した。温血動物の組織の増殖に興味をもっていたバローズM.T.Burrowsは,ニワトリの血漿を支持体および栄養源として用い,ニワトリ胚の神経系,心臓,皮膚などの外植体の細胞を増殖させた(1910)。さらに,A.カレルと協力して,哺乳類の成体からの外植片や癌化した組織を増殖させ,植え継ぎによる細胞の継代に成功し,そのうえ,ニワトリ胚の抽出物と血漿の混合液が優れた培養液であることをみいだした。外科医であったカレルは,無菌技術を導入し,長期培養に適したフラスコ培養器を考案して,ニワトリ胚の細胞を生体外で34年間も増殖させ続けた。これによって,動物細胞は生体外では細胞を提供した動物の寿命を越えて増殖を続け,生存する能力をもつことを示し,生体外培養技術の確立とあわせて,個体の寿命とそれを構成する細胞の寿命とについての問題を提起した。同じころ,アメリカのルイス夫妻W.H.Lewis,M.R.Lewisによって,化学組成が一定せず,未知の物質も含まれている血漿,血清,リンパ液,腹水,組織抽出物などの天然培地の代りに,成分のはっきりした合成培地の開発が試みられ,その後,イーグルH.Eagleらの多くの研究者によって,培養に要求される天然培地の含有比率を少なくする努力がなされ,現在では,限られた範囲ではあるが,成分が正確にわかっている合成培地だけでも細胞を生育させることが可能になった。1925年に,マクシモーA.Maximowは哺乳類の胚の組織片の培養において,初めて培養を細胞培養と器官培養とに分けて,それらの概念を明確にし,術語によって区別した。イギリスのストレンジウェーズ研究所のストレンジウェーズT.P.S.StrangewaysとフェルH.B.Fellは,26年にニワトリ血漿と胚抽出物の混合凝固体の上に,組織片や器官を置いて空気にさらすことによって,増殖した細胞が外植体から遊走するのを抑え,全体の形を崩さずに正常な組織構造を保ったままで維持する器官培養の方法を完成し,ニワトリの肢の原基の発生と分化を研究した。さらに,フェルは29年に,ロビンソンR.Robinsonとともに時計皿培養法を完成した。52年になると,フランスのウォルフÉ.WolffとアッフェンK.Haffenとは,器官的成長に適した栄養分と半固体の基質からなる器官培養法を開発して,性分化現象,胚器官の分化,癌などの研究に供した。一方では,トリプシンなどのタンパク質分解酵素による細胞解離法の開発(モスコーナA.Moscona,1952)に伴って細胞培養法が確立し,これを利用した哺乳類細胞による継代培養が可能な細胞系cell line,細胞株cell strain,細胞クローンが次々と樹立された。また58年にはF.C.スチュワードがニンジンの形成層から得た1個の培養細胞から完全な個体を再生することに成功した。

 細胞培養は医学研究の諸分野での必要性から急速な発展がもたらされた。培養細胞がウイルスの増殖の場を提供することにより,抗ウイルス性ワクチンの開発と大量生産への道をもたらした。また,ヒトの腫瘍細胞も継代培養のできる細胞株を生ずることから,ヒトの組織にも関心が集まり,正常二倍体細胞は有限の寿命をもつというヘイフリックL.Hayflickと,モアヘッドP.Moorheadの細胞老化に関する古典的な研究(1961)を導いた。癌研究やウイルス学に加えて,他の研究分野も細胞培養法に負うところが大である。培養細胞を用いた細胞融合は,遺伝的組成の異なる核の融合による雑種細胞hybrid cellの形成を可能にし,ヒトを含めた高等動物の遺伝子発現機構の解析,染色体地図の作製,ハイブリドーマhybridomaの作製など,体細胞遺伝学や細胞工学の発展の基盤となり,それを利用したモノクローナル抗体の産生や細胞表面レセプターの解析,細胞分化や細胞間相互作用の解析などが可能になり,免疫学や発生学の研究に大きく寄与している。そのほか,医療や産業の面でも,羊水から採集した細胞の培養による染色体解析から,胎児の遺伝的異常を予知することが可能であり,ウイルス感染も宿主細胞の単層細胞培養により,量的または質的に検定される。また,薬物の毒性や発癌および制癌作用,環境公害の測定などにも広く利用されている。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「培養」の意味・わかりやすい解説

培養
ばいよう

動植物体あるいは動植物の胚(はい)より切り離された器官、組織、細胞などを人工的な環境のもとで生かし続け、発生あるいは増殖させたりすること。また微生物や原生動物の遺伝的に単一な集団を維持、増殖することも培養に含められる。微生物の培養では、他の種を混じえず一種だけ培養することを、純粋培養あるいは純培養とよぶ。培養は癌(がん)細胞を含め各種の組織細胞の生理・生化学的特質、細胞分化の機構、器官や組織の発育と細胞増殖、組織間の相互作用、組織構築の原理などの研究や、また薬物に対する細胞の反応性の検査、あるいは発生工学、遺伝工学などの基礎技術として、生物学、医学、薬学、農学で広く用いられている。培養は、その対象によりそれぞれ特有の方法が講じられているため、細胞培養、組織培養、器官培養と区別されるのが普通である。いずれにせよ培養の成功は、培養される対象が本来置かれていた環境にできるだけ近い環境を再現できるか否かによる。このため、シャーレ、フラスコをはじめ培養に使用される器具などは、細菌類の汚染を防ぐためすべて無菌化され、温度、光、気相(酸素、二酸化炭素の分圧など)も細心・緻密(ちみつ)な管理のもとに置かれ、細胞などが直接触れる液的環境は、体内での環境になるべく近いようにくふうされている。

[竹内重夫]

培養法と培養液(培地)

動物細胞はすべて、さまざまな物質群を溶かしているリンパ液あるいは血リンパ液中で生活しているので、これとよく似た組成をもつ液体がくふうされ、培養液(培地)として使用される。培養液は総じて細胞と浸透圧が同じ(等張)であること、適当な割合で無機塩類(塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムなど)を含むこと、水素イオン濃度(pH)を7.2~7.4に維持できること、ブドウ糖をはじめアミノ酸類、ビタミンなど各種の栄養をバランスよく含むことなどを基本条件としている。このほか、培養液中に各種ホルモン、成長因子などが加えられることがある。

 植物細胞は細胞壁があり光合成により栄養を自給できるので、植物組織の培養には少量の無機塩類と簡単な窒素化合物を含む組成の単純なクノップ液などが、植物細胞の培養にはビタミンなど他の成分も加えた、より複雑な培養液(ムラシゲ‐スクーグ、リンスマイヤ‐スクーグなどの研究者が考案したもの)が用いられる。

 培養液は濾過(ろか)され無菌化して使用されるが、培養中の雑菌などによる汚染を防ぐためペニシリン、ストレプトマイシンなどの抗生物質が加えられるのが普通である。このように化学的性質がはっきりしている薬品類だけでつくられた培養液を合成培養液とか合成培地とよび、生物体から抽出し化学的な組成が不明の天然培地と区別する。現在までに、多くの研究者によりさまざまな優れた合成培地が処方されているが、完全に生体内の環境を再現しているものはまだできていない。細菌、植物の器官や組織、両生類の胚組織などは合成培地で培養可能な場合が多いが、動物の細胞や組織などは、合成培地のみで培養できる例はごくまれで、多くは5~20%程度の血清などを加えるのが普通である。このような血清を含んだ培養液でも、正常な組織から取り出したばかりの細胞の性質、機能をそのままに培養し続けることはむずかしい。このため、継代培養され商品化されている細胞の多くは、哺乳(ほにゅう)動物の癌化した組織か、胚の組織から得られたものである。このように継代培養される培養細胞はなにか特別の性質をもつ細胞として、正常な組織細胞から区別されることがある。胚の細胞でも、中胚葉起源の繊維芽細胞は、ほかの組織細胞に比べて培養細胞になりやすい傾向がある。動物の細胞培養では、培養中その代謝作用により培養液が酸性になるのを防ぐため、二酸化炭素と重曹による緩衝作用を利用することが多く、このため空気中の二酸化炭素を5~10%のレベルに保つ培養装置が用いられる。

 組織培養、器官培養にはさらに別な条件が要求される。組織、器官を構成する数種の細胞の三次元的な配列を乱さず、組織、器官の統一性を維持する支持体が必要である。このため、培養液に寒天を加え適当な固さにしたものや、凝固した血漿(けっしょう)など固形培地とよばれるものを使うことがある。また、レンズペーパー(長いセルロース繊維を緩く漉(す)いたもの)、メンブランフィルター(セルロースとセルロースアセテートの混合物で、小孔が多数ある)、コラーゲン・ゲル(動物結合組織にあるタンパクのコラーゲンをゲル化したもの)などを支持体として用い液体培地内で培養されることもある。この際、血管による栄養補給のできない組織や器官片の内部に、つねに新鮮な培養液を供給し老廃物を除去するため、培養液が培養片の周囲を流れるように、培養中の試験管などを回転させる回転培養法、あるいは高速回転培養法などが採用されることがある。また、酸素の十分な供給のため酸素分圧を高めた空気を流すようなことも行われる。しかし、これらのくふうにもかかわらず、動物体から切り出した組織なり器官の培養は十分な成功を得るまでに至っていない。一方、植物の細胞では、単離された1個の細胞を培養、増殖させ、それから新しい個体、すなわちクローン植物をつくりあげることに成功している。最近いろいろな性質をもつ細胞を融合させ細胞の雑種をつくりだす技術が細胞工学の一手段として利用されている。たとえば培養細胞の増殖しやすい性質を、特別な抗体をつくりだす細胞に導入して大量に増殖させ、単一の抗体を入手するのに利用するなどがその例である。

[竹内重夫]

『岡田節人著『試験管のなかの生命――細胞研究入門』(岩波新書)』『ミシェル・シゴー著、水野丈夫訳『発生のしくみ』(白水社・文庫クセジュ)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「培養」の意味・わかりやすい解説

培養
ばいよう
culture

微生物,小型の植物,動物卵,ときには動植物組織の一部分や組織から分離した1個だけの細胞を,実験室などで育てること。そのためには人工的に温度,湿度,浸透圧,pH,栄養などの条件を制御しなければならない。栄養分は培養液もしくは培養基 (培地) として調製したものを与える。液体中に培養する場合,好気性のものは表面に発育し,いわゆる表面培養が行われるが,液を絶えず振動して培養することができるものもある。この方法は振盪培養といい,培養液の節約ができる。培養基 (固形培地) にはゼラチン,寒天などを加え,目的によって試験管,シャーレ,エーレンマイヤーフラスコに分注して固めて用いる。この際,細菌などの嫌気性のものは,穿刺培養といって針で寒天に差込んで接種することがある。微生物などの保存を目的とする培養は,従来は綿栓を施した試験管に培養基を斜めに固めた斜面培養基を用いた。これは場所をとらないわりに表面積が大きいなど,便利な点もあるが,長期間の保存では乾燥したり,栄養分を用いつくして枯死するような不便も多い。

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百科事典マイペディア 「培養」の意味・わかりやすい解説

培養【ばいよう】

生物を人間の管理下に生育させること。ただし,大型の植物には栽培,動物には飼育の言葉を使うのが普通だが,それらのものでも発生初期のような微小な段階の材料については培養という。また特に生物の体の一部分を対象にするときは,部分の段階に応じて,器官培養,組織培養,細胞培養,クローン培養などという。どの場合でも一般に温度や光,pHや栄養物質など環境条件の適切な選択とともに雑菌の混入を防ぐことが必要である。→培地
→関連項目純粋培養

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普及版 字通 「培養」の読み・字形・画数・意味

【培養】ばいよう

やしなう。

字通「培」の項目を見る

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世界大百科事典(旧版)内の培養の言及

【園芸】より

…また,生産物の販売を目的とする園芸を生産園芸,趣味として行う園芸を趣味園芸,または家庭園芸という。園芸という言葉は英語のhorticultureの訳語で,日本では1873年に出版された英和辞書で用いられたのが初めである。horticultureとはラテン語のhortus(囲うこと,または囲まれた土地の意)とcultura(栽培の意)に由来し,17世紀以降使われるようになった言葉である。…

【教養】より

…教養とは,一般に人格的な生活を向上させるための知・情・意の修練,つまり,たんなる学殖多識,専門家的職業生活のほかに一定の文化理想に応じた精神的能力の全面的開発,洗練を意味する。英語のculture(耕作・養育の意),ドイツ語のBildung(形成・教化の意)の訳語である。前者はふつう〈文化〉と訳される語であるが,たとえばキケロが〈cultura animi(魂の耕作・養育)が哲学である〉と言った場合,またこれを受けて中世で広くcultura mentis(心の耕作・養育)の語が用いられた場合の〈精神的教化・教育〉の意義は,この訳語〈教養〉によってよく示されている。…

【文化】より

…日本語の〈文化〉という語は〈世の中が開けて生活水準が高まっている状態〉や〈人類の理想を実現していく精神の活動〉を意味する場合と,〈弥生文化〉というように〈生活様式〉を総称する場合とがある。社会科学の諸分野では第2の意味で〈文化〉という概念を使用するのが普通であるが,この意味における〈文化〉についても定義は多様であり,時代的な変化も見られる。
【文化人類学からみた〈文化〉】
 文化人類学における文化の定義の中で最も古典的なものは,E.B.タイラーが《原始文化》(1871)の冒頭で示した定義である。…

【薬用植物】より

…しかし多くの生薬は中国からの輸入品が安価なため栽培が成り立たない。 一方下等植物,つまり細菌類やペニシリンで有名なカビ類はタンクで培養され,効率よく単一物質を生産する技術が発達している。これを高等植物に応用したものが組織培養である。…

※「培養」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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