堅田大責(読み)かただおおぜめ

世界大百科事典(旧版)内の堅田大責の言及

【堅田】より

…この堅田門徒の中心となったのが本福寺である。堅田門徒の台頭に対して領主延暦寺は,1468年(応仁2)堅田を攻撃したので(堅田大責(おおぜめ)),堅田門徒は沖ノ島まで落ちのび,70年(文明2)延暦寺に〈礼銭,礼物〉を支払うまで還住を許されなかった。のち織田信長もこれら一向宗門徒を中心とする堅田の反抗には手を焼いたが,地侍の協力によりようやく弾圧することに成功している。…

※「堅田大責」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android