変分原理(読み)ヘンブンゲンリ(英語表記)variational principle

デジタル大辞泉 「変分原理」の意味・読み・例文・類語

へんぶん‐げんり【変分原理】

変分法の形式で表した物理学の基本原理。物体の運動を表すハミルトンの原理や光線の経路を表すフェルマの原理などがあり、作用量とよばれる積分量が極値を取るよう、運動の経路が決定する。古典力学以外に、電磁気学場の量子論などにも適用される。

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改訂新版 世界大百科事典 「変分原理」の意味・わかりやすい解説

変分原理 (へんぶんげんり)
variational principle

〈重力のもとで質点がある2点間を運動するとき,その所要時間が最短であるような軌道はどのように定められるか〉,というベルヌーイの問題から数学上の一分科としての変分法が始められたが,もし現実に質点の軌道がそのような条件,すなわち〈最短到達時間〉によって定まるのであれば,それは一つの運動法則とみなされよう。事実,歴史的には18世紀から19世紀にかけて,変分法が役割を果たす形式によりニュートンの運動法則を書き換えようとする試みが多く現れており,その代表的なものにダランベールの原理,最小作用の原理ハミルトンの原理がある。一般的に,物理的な現象を法則として述べるのに関与するある基本スカラー量があって,これを最小にするという条件から法則が導かれる場合,この法則の記述の仕方を変分原理と呼んでいる。多くの場合,そのスカラー量はいくつかの物理量を含む時間・空間的な積分であり,それらの物理量が,時空変数の関数として変形を受けることに対し,積分値が最小値となるよううまくえらばれるという要請から,一定の方程式が導かれる。これらの物理量はこの変分原理の変分関数と呼ばれ,また変分関数を含む積分を汎関数という。場合によって変分関数は別の一定条件の制約下で変分されるよう要請されることがあり,これは束縛条件と呼ばれる。また,一つの変分原理はその変分関数,あるいは変分関数の時空変数を変換によって他のものに変更したり,さらに積分の空間を拡大して(変数を増して)定式化されることがある。その結果,初めの〈最小条件〉として述べられた変分原理が,同じ内容ながら単なる〈停留条件(変分関数の一次変分に対し汎関数の一次変化が0であること)〉として表現されることもあるので注意が必要である。以下,物理学における主要な変分原理を簡単に説明しよう。

〈最短到達時間〉の仮定が実際に自然現象の法則としてあてはまるのは質点の運動に関してではなく,光線の経路に関するものであって,ベルヌーイよりも以前にP.deフェルマーによって述べられたものである(フェルマーの原理)。光学的に一様(屈折率一定)な媒質では光は直進する。また,屈折率が異なる二つの媒質が平面を境界として接しているとき,その一方の点Aから他方の点Bに到達する種々の経路(それぞれの媒質中では直線)のうち,到達時間が最短であるように境界面を通過する点Oを定めることができて,それが屈折に関するスネルの法則を説明する(図)。微積分法が完成していなかったときにフェルマーはこのような方法で変分原理が自然法則の形式となることを主張し,哲学者たちからの反対を受けたといわれる。P.L.M.deモーペルテュイはこの真理を認め,ニュートンの運動法則が同様な変分原理に従うことを推量して,最小となるべき力学量が時間ではなく〈作用(経路に沿う運動量の積分)〉であることを見いだし,最小作用の原理に到達した。これはさらに90年をへてハミルトンの一般的解析力学の変分原理にまとめられた。

熱平衡状態にある物理系の熱力学的性質を説明する統計力学において,中心的な役割を果たすのはL.ボルツマンによって始められた〈標準分布〉という概念で,系の力学がハミルトン関数Hpq)で与えられるとき,と表される。ここでTは絶対温度,kはボルツマン定数,Fは自由エネルギー(ρを相空間(pq)上における関数とするとき,とするための定数)である。標準分布は,あらゆる可能な分布のうち,エネルギーの統計的平均値が一定値Eに等しいという束縛条件のもとで,エントロピーを最大にする分布であることがJ.W.ギブズによって最初に明らかにされた(1902)。これを変分原理として示すならば,系の物理量Xの統計平均を〈X〉で表すことにより,

 束縛条件〈H〉=Eのもとで

  〈-logρ〉=最大,

  または〈logρ〉=最小

と表すことができる。

ハミルトン作用素がで表される量子力学系のエネルギー固有状態は,固有値方程式ψ=Eψを満たす。ここでψは固有状態に対応する波動関数Eはエネルギー固有値である。多くの場合エネルギー固有値には最小のものがあり,これに対する固有状態は系の基底状態と呼ばれる。基底状態のエネルギー固有値は系のあらゆる可能な波動関数ψによって得られるハミルトン作用素の期待値のうち最小となる値であり,またその最小値を与えるψが基底状態の波動関数となる。これは内積ψ1ψ2)が定義されたψの属するヒルベルト空間における変分原理,

 束縛条件(ψ,ψ)=1のもとで

  (ψ,ψ)=最小

と表されるものである。変分法の立場からこれは直接法と呼ばれる典型であり,量子力学が登場した当時から有効な近似手段としてしばらく用いられてきた。ヘリウム原子や水素分子の基底状態に対して適用された結果は顕著な成功例として知られている。

電気伝導や熱伝導はエネルギーの散逸を伴う物質の不可逆現象である。すなわち外力Xによって系は熱平衡状態からはずれ,一般的に流れJを生じ非平衡定常状態となるが,そこでは絶えず一定の割合で系のエネルギーが消費されて外力からのエネルギー供給とバランスが保たれる。J=LXのような一次関係が成立する線形散逸系に対し,この関係式は〈散逸最小〉と呼ばれる変分原理,

 Ṡ(J)-ΦJJ)=最大の帰結であることがL.オンサーガーにより述べられた(1931)。ここでṠ(J)は外力のため平衡状態からはずれたことによる系のエントロピー増大率,ΦJJ)はエネルギー散逸の度を表す散逸関数であり,それぞれJの一次および二次の形式(一般にJが空間変数の関数であれば汎関数)である。XJが多成分ベクトルの場合,オンサーガーの相反定理の名で呼ばれる相反定理がこの変分原理を保証するものとなっている。のちになって,その運動学的基礎が確率過程にあることがオンサーガー自身を含む多くの人々により明らかにされ,さらにより一般な非線形散逸力学系に対する厳密な変分原理へと発展した。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「変分原理」の意味・わかりやすい解説

変分原理
へんぶんげんり
variational principle

ある物理量が微小変化に関して極小値または極大値をとるという変分法の形式で物理学の基本法則を表わしたもの。その例には,力学ではハミルトンの原理最小作用の原理,光学ではフェルマの原理などがある。物理法則は微分方程式で表わされることが多いが,変分式で表わすと,法則の物理的意味が簡明で,法則が座標系に依存しないことが保証され,また微分方程式で表わされる法則もこれから導き出される。

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