多発外傷(読み)タハツガイショウ(英語表記)Multiple trauma

デジタル大辞泉 「多発外傷」の意味・読み・例文・類語

たはつ‐がいしょう〔‐グワイシヤウ〕【多発外傷】

生命にかかわるような重い外傷が、頭部胸部、腹部と手足など身体の複数部分に同時にみられる状態

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

六訂版 家庭医学大全科 「多発外傷」の解説

多発外傷
たはつがいしょう
Multiple trauma
(外傷)

どんな外傷か

 多発外傷は、一般には「生命を脅かす可能性のある大けがが、体の2部位以上に存在するもの」と定義されています。

 多発外傷は、損傷を受けた臓器が相互に悪影響を及ぼし合い、元来の損傷による病態をより重症にすることが知られています。その死亡率は20~30%と高率であることから、極めて迅速な対応を必要とすることを理解しておいてください(図1)。

原因は何か

 多発外傷の多くは、交通事故や高所からの墜落事故、重量物の落下事故、挟圧(きょうあつ)事故(重量物によるはさまれ事故)などでみられますが、集団暴行事件により発生する場合もあります。

症状の現れ方

 頭部外傷胸部外傷腹部外傷骨盤四肢外傷のあらゆる症状が現れる可能性があります。比較的軽度なものでは、打撲(だぼく)部の疼痛挫創部(ざそうぶ)からの出血などが主です。

 重症の場合は意識障害、呼吸障害、循環障害、神経機能障害によるさまざまな症状が複合的に出現し、短時間で死に至る場合もあります。

検査と診断

 救命救急センターなどで、意識、呼吸、血圧、脈拍などの生命徴候(バイタルサイン)および血液・尿検査、X線検査、超音波検査などから重症度や緊急度が判定されます。さらに、詳細な身体所見のチェックならびにCTやMRIにより、正確な損傷状況が診断されます。

治療の方法

 多発外傷は、個別のけがが相互に影響しあって病態が複雑になっているので、けがの全体像を把握するのが容易ではありません。どの部位から治療を行うべきか判断に迷う場合も多く、治療が最も複雑で困難な外傷と考えられています。

 したがって、多発外傷の診療では、標準的な外傷診療ガイドラインにのっとり、頭のてっぺんから足のつま先まで全身を系統的に観察し評価したうえで、適切に治療することが必要です。

●さまざまな優先順位

 多発外傷の治療は、優先順位(プライオリティー)の考え方にのっとって行われるのが特徴です。これには、初期治療での優先順位、緊急検査の優先順位、根本的治療の優先順位などが含まれます。

 すなわち、治療が必要な損傷が複数ある場合、どの損傷が最も生命の危険をもたらすか、どの損傷の重症度が最も高いか、どの損傷の緊急度が最も高いか、などを迅速に判断したうえで、優先順位にしたがって治療を滞りなく行うことが求められます。

 治療優先部位は一般に、胸部、頭部、腹部、骨盤・四肢の順とされていますが、けがの部位と重症度・緊急度は一人ひとり異なるため、個々の病態が詳細に評価され、優先順位が決定されます。

●ダメージコントロール

 多発外傷例では、しばしば①低体温(34℃未満の体温)、②アシドーシス(㏗7.2未満の酸血症)、③凝固異常(けがの部位からの出血がとまらなくなる現象)から、短時間内に死亡に至る場合があるため、この3つを致死的三徴(ちしてきさんちょう)といいます。

 このような重度多発外傷の数多くの治療経験を基に、約15年前から「ダメージコントロール」という治療方針が登場し、今日、世界中に広く普及しています。

 ダメージコントロールとは、致死的三徴が現れた重症外傷の患者さんにおいて、初回の手術では生命危機に関わる大量出血などに対する簡略化した手術のみを行い、集中治療室に患者さんをいったん移して全身状態の改善を図ったのちに、再手術を行って根本的治療を行う治療戦略です。

 そのステップは、①迅速な止血と簡略化した手術の実施(手術室)、②体温の回復、凝固障害の補正、呼吸循環動態の改善、全身に及ぶ損傷の再評価(集中治療室)、③再手術による根本的治療(手術室)、の3段階からなっています。

応急処置はどうするか

 多発外傷が疑われる負傷者に遭遇した場合、まず行わなければならないのは大声をあげて救助者を呼び、救急車を手配することです。

 そのうえで、負傷者に呼びかけて意識状態を観察し、次いで呼吸の様式や呼吸数を観察し、橈骨(とうこつ)動脈(前腕の親指側の骨に沿う動脈)で脈の緊張や脈拍数を観察することです。

 意識がなければ気道を確保し、呼吸がなければ人工呼吸を行い、脈拍が感じられなければ心臓マッサージを行うなど、症状に応じた対応が必要になります。

 体外への活動性出血を伴う創がある場合には、厚手のガーゼやタオルを当てて直接圧迫止血を行い、失血を最小限にとどめることが大切です。

益子 邦洋


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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