大炊御門家信(読み)おおいみかど・いえこと

朝日日本歴史人物事典 「大炊御門家信」の解説

大炊御門家信

没年:明治18.8.30(1885)
生年:文政1.6.8(1818.7.10)
幕末維新期の公家(清華家)。大炊御門経久の子で,兄経尚の養嗣子となる。安政1(1854)年権大納言となり,同5年,条約勅許に反対する有志堂上88名の「列参」に参加。元治1(1864)年の禁門の変後は,長州派の廷臣として,参朝停止および他人面会他行禁止に処せられた。慶応1(1865)年赦免され,同3年内大臣となり,同年10月の大政奉還に際し国事御用掛も兼任翌月,左大臣近衛忠房らと共に,太政官再興などを建議したが実現せず,まもなく右大臣に転じ,王政復古の政変によって再び参朝停止となる。

(箱石大)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大炊御門家信」の解説

大炊御門家信 おおいみかど-いえこと

1818-1885 幕末の公卿(くぎょう)。
文政元年6月8日生まれ。嘉永(かえい)7年権(ごんの)大納言にすすむ。安政5年日米修好通商条約の勅許に反対する88人の「列参」にくわわる。禁門の変後は参朝,他行,面会を禁止された。慶応3年内大臣,右大臣となり,国事御用掛もつとめた。明治18年8月30日死去。68歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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