大西巨人(読み)オオニシキョジン

デジタル大辞泉 「大西巨人」の意味・読み・例文・類語

おおにし‐きょじん〔おほにし‐〕【大西巨人】

[1919~2014]小説家・批評家。福岡の生まれ。本名巨人のりと。新聞社勤務を経て、対馬要塞重砲兵連隊に入隊戦後近代文学同人となる。昭和27年(1952)、評論俗情との結託」で野間宏の「真空地帯」を批判し論争を引き起こした。長編小説神聖喜劇」を約25年かけて執筆し、昭和55年(1980)完成。硬質な文体と社会の問題点を突く鋭い風刺で知られる。他に「三位一体神話」「五里霧」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大西巨人」の意味・わかりやすい解説

大西巨人
おおにしきょじん
(1919―2014)

小説家、評論家。福岡市生まれ。本名は巨人(のりと)。九州帝国大学法文学部中退。毎日新聞記者となるが召集で対馬(つしま)重砲隊に入営。第二次世界大戦後『近代文学』拡大同人、綜合(そうごう)文化協会、新日本文学会に参加。最初の小説集は『精神の氷点』(1949)であるが、野間宏(ひろし)の『真空地帯』を批判した『俗情との結託』(1952)で注目を集め、宮本顕治(けんじ)と論争。漢語調の歯切れのよい文体、卓抜な比喩(ひゆ)、強靭(きょうじん)な論理的展開に特徴があり、非妥協的で反逆的な姿勢には一種の潔さが感じられる。こうした資質を十全に生かしきったのが全5巻、4700枚の『神聖喜劇』(1960~1970年『新日本文学』に連載され、1978~1980年刊)で、25年をかけて完成したこの大長編は、超人的な記憶力と弁舌をもつ一兵士像を通して日本陸軍の兵営の構造的な弱点を完膚なきまでにたたいた快作である。ほかに長編として『天路の奈落(ならく)』(1984)、『地獄変相奏鳴曲』(1988)、『三位一体(さんみいったい)の神話』(1992)があり、小説集に『五里霧』(1994)がある。また血友病の長男(大西赤人(あかひと)、作家)が高校に入学を拒否された事件に対しても、告発と特別抗告の行動を粘り強く続けた。その延長線上に遺伝や高齢者問題を論じた『運命の賭(か)け』(1985)や、その小説化ともいうべき『迷宮』(1995)がある。ほかに『戦争と性と革命』(1969)、『巨人批評集』(1975)がある。

[古林 尚]

『『大西巨人文芸論争』上下(1982~1985・立風書房)』『『大西巨人文選』全4巻(1996・みすず書房)』『『神聖喜劇』1~5(文春文庫・ちくま文庫)』

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百科事典マイペディア 「大西巨人」の意味・わかりやすい解説

大西巨人【おおにしきょじん】

小説家,評論家。福岡生れ。本名も巨人だが,よみは〈のりと〉。九州帝大中退。敗戦後,日本共産党入党したがのちに除名される。1947年《近代文学》同人。1952年,新日本文学会常任委員。戦争体験を,個人的,情緒的レベルに留めるのではなく,日本的伝統や国家のあり方や責任などの大きな視野から描き,完成まで約25年を費やした長編小説《神聖喜劇》全5巻が代表作。小説に《精神の氷点》《天路の奈落》,評論に《戦争と性と革命》など。《大西巨人文芸論叢》全2巻。《大西巨人文選》全4巻がある。野間宏の《真空地帯》を1952年の評論《俗情との結託》で大衆追従主義と批判,野間や宮本顕治らとの論争が有名。長男大西赤人(あかひと)の高校入学をめぐっての裁判も知られる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大西巨人」の解説

大西巨人 おおにし-きょじん

1916-2014 昭和後期-平成時代の小説家,評論家。
大正5年8月20日生まれ。応召して対馬要塞重砲兵連隊に入隊。戦後「近代文学」同人,新日本文学会常任委員。昭和27年野間宏の「真空地帯」を評論「俗情との結託」で批判し,宮本顕治と論争。長編小説「神聖喜劇」を25年かけてかきつぎ,55年に完成した。平成26年3月12日死去。97歳。福岡県出身。九州帝大中退。本名は巨人(のりと)。作品はほかに「三位一体の神話」「五里霧」「地獄篇三部作」など。

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