デジタル大辞泉
「大講堂」の意味・読み・例文・類語
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だい‐こうどう【大講堂】
[1] 〘名〙
[一] (:コウダウ) 寺院にある大きな講堂。
※
平家(13C前)四「八間四面の大講堂〈略〉忽に煙となるこそかなしけれ」
※
謡曲・
吉野静(1423頃)「大講堂に衆会のあるよし申し候ふほどに」
[二] (:カウダウ) 学校や会社、また公共団体などが設立した講堂のうち特に大きいもの。
[2] (:コウダウ) 比叡山延暦寺の堂舎の一つ。東塔にあり天長元年(
八二四)創建。正面九間、重層入母屋
(いりもや)造りで、再三火災にあい
再建されてきた。本尊の大日如来はじめ彌勒
(みろく)・
文殊菩薩、十一面観音、桓武
天皇像を安置。昭和三一年(
一九五六)
焼失し、讚仏堂を移建。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
大講堂
だいこうどう
[現在地名]大津市坂本本町
根本中堂の南西にある学問研鑽の根本道場。西は戒壇院。大講堂は最澄の伽藍構想には入っていないが、当初は戒壇院の付属建物(「伝述一心戒文」では戒壇受戒の際の勅使の宿所)として、天長元年(八二四)九月三日に初代座主義真により創建された。この落慶供養は盛大であったらしく、「叡岳要記」によれば、嵯峨太上天皇を檀主とし、南都法相宗の僧護命を導師に招き、ほかに奈良の高徳を出仕に交えての厳儀であったことがうかがわれる。出仕のなかには真忠・円澄・円仁らの名もみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報