大谷地(読み)おおやち

日本歴史地名大系 「大谷地」の解説

大谷地
おおやち

米沢盆地北東隅一帯、現南陽市の白竜はくりゆう湖辺りを北限とし、東置賜ひがしおきたま高畠たかはた町北部まで広がっていた約一〇〇〇ヘクタールの低湿地。置賜湖盆の名残ともいわれる。南流して西に転ずる吉野よしの川と、その支流で北西流する屋代やしろ川に挟まれるが、丘陵にさえぎられて土砂の堆積が進まず、葦や高山植物の生育する泥炭湿地が形成された。

近世初頭から周辺開田が計画され、慶長年間(一五九六―一六一五)深沼ふかぬま(現高畠町)の結城治部が治部じぶ(現沼尻堀排水路)を築き(天和三年「結城家由緒書」武田文書)、南部から開発が始められた。寛永年間(一六二四―四四)には中山なかやま(現上山市)城代横田利信が赤湯あかゆきた町付近を開発。宮崎みやざきの安部右馬之助も金沢かねざわ村・松沢まつざわ村に新田を取立てている(「安部右馬之助覚書」安部文書など)。内部の開拓は、深沼地区では明暦年間(一六五五―五八)以前に一〇町余が行われたが、その後荒地となり、文化年間(一八〇四―一八)に再び開かれている(「武田家記録」武田文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の大谷地の言及

【南陽[市]】より

…米沢盆地の北東端に位置する。北部は白鷹丘陵に属し,南部は吉野川の開析扇状地に続く最上川の沖積地が広がり,その東部に白竜湖をたたえる大谷地(おおやち)といわれる泥炭湿地帯がある。縄文・弥生時代の遺跡や,稲荷森古墳(史)などの古墳が残されている。…

【米沢盆地】より

…盆地周辺部にはこれら諸河川がつくった扇状地が発達し,中央部を最上川の上流部にあたる松川が北流している。盆地北東部には大谷地といわれる泥炭湿地帯が広がり,その中心に位置する白竜湖はかつての湖盆の残存湖とされる。現在,大谷地は土地改良工事が進み乾田化されつつある。…

※「大谷地」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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