天人女房(読み)てんにんにょうぼう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「天人女房」の意味・わかりやすい解説

天人女房
てんにんにょうぼう

昔話。動物と人間の男子との結婚を主題にした婚姻譚(たん)の一つ。天の世界から降りてきた天女が、衣を脱いで水浴びをしている。それを見た男が衣を隠す。衣を失った天女は空を飛ぶことができない。天女は男の妻になり、子供を産む。のちに子供が歌っている歌で衣のありかを知り、天女は天に帰る。このあとが「難題婿」の形をとり、七夕(たなばた)の由来譚になっている類話も多い。天まで伸びる不思議な植物を育てて、男は天上の妻のところへ行く。妻の父親から難題を課せられる。妻の助言で果たすが、最後に瓜(うり)の切り方を誤り、瓜から流れ出した水が天の川になる。天女と男は7月7日に年に一度だけしか会えないことになる。天女は織女(しょくじょ)星、男は牽牛(けんぎゅう)星であるという。

 古くから羽衣伝説として知られ、奈良時代以来、数多くの文献にさまざまな類話が記録されている。おもに伝説の形式をとり、一族の先祖あるいは神の由来譚になっているものが多い。物語草子の『天稚彦(あめわかひこ)物語』は、天の男と人間の女で、人物の性が逆転しているが、七夕の由来を説く「天人女房」の類話である。七夕と結び付いた類話は中国で発達しており、これらはその影響を受けている。類話は世界的に分布しているが、天女がハクチョウなど鳥の形をとっている例が多く、「白鳥処女伝説」ともよばれた。日本の「鶴(つる)女房」は「天人女房」の白い鳥の例である。「難題婿」の要素を伴う類話は、アイヌ民族朝鮮、中国、インドネシアなどにもあるが、これと並行して、東アジアからヨーロッパへかけて、美しい妻を見た領主が横恋慕して夫に難題を課す「難題女房」の要素を含む類話が分布している。日本では「鶴女房」がそれに該当する。これは、異類との結婚には困難が伴うとする昔話の構造の表れであろう。

[小島瓔

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改訂新版 世界大百科事典 「天人女房」の意味・わかりやすい解説

天人女房 (てんにんにょうぼう)

ある男が沐浴(もくよく)している天女の羽衣を隠す。それにより天女を妻とするが,結局,異類との結婚は破局に終わるという異類女房譚の一型で,白鳥処女説話として世界的に分布している。日本では《丹後国風土記》や《近江国風土記》をはじめ数多くの文献に記され,現在でも全国各地に多様な伝承をみせている。大別すると,次の4型に分けられる。(1)始祖型 隠された羽衣を発見した天女は天上に帰る。そして天女と男の間に生まれた子どもは,帝王,地方豪族,集落の創始者,職業の開祖となる。(2)離別型 子どもから羽衣の隠し場所を教わった天女は子どもを連れて天上に帰り,男だけが残される。(3)天上訪問型 天女は子どもを連れて天上に帰るとき,天への上り方を男に教える。ユウガオのつるを伝って天上へ着いた男は,天女の父親から難題を出される。3度目に失敗をした男は地上に戻される。(4)七夕結合型 天上で天女と男が別れるとき,年に1度,7月7日に会うことを約束する。

 このうち始祖型は伝説化の傾向をとり,天人女房譚の中でも古型をとどめている。また,天上訪問型と七夕結合型は,主人公の男が漁夫,狩人,きこりという非農耕民であるのに,天上で天女の父親から与えられる難題は常に農耕に関するものであるところから,非農耕民と農耕民の接触通婚の時代が背景にあるといわれている。さらに,天女の羽衣を隠す場所として穀霊の宿る稲束の下と伝える地域もあり,稲作文化との関連も指摘されている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「天人女房」の意味・わかりやすい解説

天人女房
てんにんにょうぼう

羽衣伝説」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内の天人女房の言及

【ウリ(瓜)】より

…〈瓜子姫〉の昔話のような中空の果実から小童の誕生を説く話は,中空なものには霊が宿るという信仰に基づくものとみられている。〈天人女房〉の昔話には,天にのぼった男がウリを食べたり,ウリを横に切ってはいけないという妻の忠告を破ったために,ウリから大水がでて,二人は1年に1度だけしか会えなくなったと説く七夕起源譚(きげんたん)を伴うものがある。七夕にウリを供える風習は古代中国の《荆楚歳時記》にあり,中国から伝えられたと考えられる。…

【瓜子姫】より

…この昔話は,ソバやキビ,アワ,カヤなどの茎や根が赤いのは殺された瓜子姫もしくは退治されたアマノジャクの血がこれらの植物についたためである,という説明をともなっていることが多いが,これらが栽培されていた畑作(焼畑)地域で主として語られた昔話であったことを示しているとも考えられる。ウリからの異常誕生という点では〈桃太郎〉と通じるが,ウリと機織という点からみると,やはり焼畑地域で伝承されていたとみられる七夕起源譚を伴う〈天人女房〉との間の関連も考えられる。また,この昔話を考える場合,ウリが古くから霊の依代(よりしろ)とされていたことも無視できない。…

【白鳥処女】より

…ほとんど全世界に分布する昔話のモティーフで,日本では〈天人女房〉がこれにあたる。若者が水浴中の娘が脱いでおいた白鳥の衣(日本では羽衣)を奪い,妻になることを強要する。…

【昔話】より

…抽象化されたモティーフ素の研究と同じく,具体的異モティーフの研究も重要な課題である。
[異民族間伝播]
 日本の昔話のうち,〈手なし娘〉〈灰坊〉〈話千両〉〈天福地福〉〈こぶとりじい(瘤取爺)〉〈天人女房〉などの話は,ヨーロッパをはじめ世界各地に類話をもっている。異民族間に類話があるとき,それを偶然の一致とみるか(多発生説),同一根源からの伝播とみるか(単一発生説)は,19世紀後半以来,西欧の研究者のあいだで議論の分かれるところである。…

※「天人女房」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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