社会運動家。福井県に生まれる。本名奥梅尾(むめを)。日本女子大学卒業後、女工として住み込むなど早くから社会問題に関心を示し、1920年(大正9)には新婦人協会の設立に参加、婦人参政権運動を推進した。しかし、運動への反省から、その後は婦人の生活問題を重視するようになり、婦人雑誌の編集、消費組合運動、産業組合婦人部の設立運動などに従事、さらに敗戦まで婦人セツルメント運動を主導した。戦後は1947年(昭和22)参議院議員に当選、以後3期参議院議員。この間、1948年には主婦連合会を結成、「おしゃもじの主婦連」の会長として、消費者運動を主導した。
[北河賢三]
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
1895.10.24~1997.7.7
大正・昭和期の婦人運動家。福井県出身。旧姓和田,本名は梅尾。日本女子大学卒。女工として紡績工場に勤め労働運動に入る。1920年(大正9)平塚らいてう・市川房枝と新婦人協会を設立し,女性の政治参加を求めて対議会活動を行った。23年に職業婦人社を設立。消費組合運動にも参加。30年(昭和5)には婦人セツルメントを開設して働く女性の地位向上に尽力した。48年主婦連合会を創立して会長となる。以後消費者運動に力を注いだ。著書「野火あかあかと」。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…1948年に開かれた〈もえないマッチを持ちよる会〉を契機にして結成された婦人団体の連合体で,84年現在の加盟団体445。会長は結成以来,奥むめおが務めた(89年より名誉会長)。消費者の権利の確立に取り組み,1951年に米の不足を補うため押し麦を配給ルートにのせるよう運動した際にプラカード代りに使われた大きなごはんしゃもじはその後主婦連のシンボルとなった。…
…大正時代に婦人の社会的・政治的地位の向上を求めて活動した婦人団体。1919年(大正8)11月平塚らいてうが呼びかけ,市川房枝,奥むめおらが応じて,20年3月発会式。男女の機会均等,家庭の社会的意義の闡明(せんめい),婦人・母・子どもの権利擁護を綱領に掲げ,最初の運動として,女子の政治的活動を封じている治安警察法5条の改正と花柳病にかかった男子の結婚制限問題にとりくんだ。…
※「奥むめお」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...
4/12 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/12 デジタル大辞泉を更新
4/12 デジタル大辞泉プラスを更新
3/11 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
2/13 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新