日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
女の一生(モーパッサンの小説)
おんなのいっしょう
Une Vie
フランスの小説家モーパッサンの長編小説。1883年刊。原題は「ある一つの生涯」。長編小説としては最初のもので、これによって作家としての名声が確立された。ノルマンディーの地方貴族ル・ペルチュイ・デ・ボー男爵夫妻のひとり娘ジャンヌが、修道院経営の女子寄宿学校での教育も終わって、田舎(いなか)の邸(やしき)に父母といっしょに住み始めるところから物語が始まる。ただし物語といっても、19世紀なかばごろまで一般的だった波瀾(はらん)万丈の冒険小説、恋愛小説にみられるような事件は皆無といっていい。近隣の青年貴族ジュリアンとの出会いと結婚、父と母の死、母の生前の情事の発見、夫の浮気と死、友人の裏切り、ひとり息子ポールがパリで知り合った女性に生ませた孫の引き取り。――そうしたいわば社会のあちこちにありそうな事件をジャンヌは一つ一つくぐり抜けながら、底抜けに快活で運動も大好きな、人を疑うことを知らなかった娘から、人生に疲れきった女性へと変貌(へんぼう)していく。19世紀後半のフランス社会内部での階級変動、機械文明の進歩、ルソー的楽観主義の破綻(はたん)、そうした背景のうえにたった小説で、モーパッサンの自然主義、ペシミズムをよく表している。
[宮原 信]
『『女の一生』(新庄嘉章訳・新潮文庫/杉捷夫訳・岩波文庫)』