宇宙環境(読み)うちゅうかんきょう(英語表記)space environment

改訂新版 世界大百科事典 「宇宙環境」の意味・わかりやすい解説

宇宙環境 (うちゅうかんきょう)
space environment

宇宙環境という場合,そこに含まれる範囲は非常に広くかつ多岐にわたるが,ここでは宇宙開発に関連して,人工衛星や宇宙船が受ける環境に焦点を絞って説明する。

地球を周回する人工衛星では大気密度が重要な要素である。高度約80km以下の大気は,地上から上空へいくに従って,対流圏(高度約10kmまで),成層圏(10~50km)および中間圏(50~80km)と呼ばれている。大気の密度は高度に対して指数関数を近似式とするように減じ,高度約100kmの大気密度は地上の大気密度の約10⁻6である。高度約80km以上300~600kmぐらいまでは熱圏と呼ばれ,ここでは酸素原子やヘリウム分子水平移動を行っており,地球の昼部から夜部へ,または夏部から冬部へと高速の風が吹いている(大気)。

 地上から130kmぐらいの高度まででは,希薄とはいえ大気による抗力の影響は大きく,人工衛星は飛行を続けるためのエネルギーをたちまちのうちに失ってしまい,現実には人工衛星として周回飛行を続けることは不可能に近い。むしろこの高度以下では大気による再突入時の空力加熱が大きな問題となる(大気圏再突入)。実際の人工衛星の飛行高度は,低いものでもその近地点高度は150km程度だが,熱圏を飛行する場合には,同様に大気による抗力を受け,また大気の流れの影響も受けるため,徐々にエネルギーを失っていき,最後には濃い大気に突入する。

宇宙空間での人間活動に関する環境を考えるとき,人間の永久居住は20年または30年後の研究課題であるから,太陽活動の変動までを考慮する必要は当分なく,現実的な問題となるのは紫外線X線,宇宙線,宇宙塵無重量状態などである。紫外線は生物の皮膚紅斑を生じさせたり結膜炎を発生させる原因となり,有人宇宙船の飛行高度では人間の皮膚が太陽からの紫外線にさらされると,地上の10~50倍の速度で紅斑ができるといわれるが,宇宙船および宇宙服の窓材料を適当に選べば,紫外線を宇宙船内の人間まで通過させなくすることは容易である。太陽からのX線は通常8~12Åの波長範囲で,そのエネルギー密度は3×10⁻3erg/cm2・sであり,太陽活動期には1×10⁻1erg/cm2・sになることが測定されているが,これらのX線は金属壁で容易に防御できる。宇宙線は宇宙に存在する各種の物質の原子核からなり,1010eV以上のエネルギーをもつ粒子も飛来する。宇宙空間での宇宙線による被曝(ひばく)線量は地上の制限値よりははるかに大きいが,短期間の宇宙活動には問題とならないと考えられている。宇宙塵は人間の宇宙活動用生命維持装置を破壊する恐れがあるが,アルミニウム製防御壁の厚さを20mm以上とすれば,この壁を通過できる宇宙塵は直径2mm以上,質量1.2×10⁻2g以上のものであり,それらが宇宙船の表面積1m2当りに1年間に飛来する確率は7×10⁻4回以下であるから,当分の間は問題とならない。無重量状態も宇宙船内の特殊な宇宙環境である。宇宙船内では宇宙船が大気圏に再突入するまでこの状態が続くため,特別に重要な環境となる。この無重量状態は宇宙船内外の宇宙飛行士の運動,宇宙船内の液体や粉体の取扱い上に特別のくふうが必要とされるばかりでなく,宇宙飛行士に船酔いに似た宇宙酔い,循環機能の低下,視力の低下,心臓血管系の変化,骨の代謝の変化,内分泌系の変化,筋肉系の変化などの症状を起こす(宇宙医学)。

 宇宙空間での大気の低密度は,高度400kmでは,約10⁻7トルの真空に相当する。この高度での宇宙船の速度は7.85km/sであるから,宇宙船近傍に存在する分子の平均速度の数倍であり,したがって,宇宙船の後流影に相当する空間は10⁻15トルの超真空になっている。これは宇宙船が自然に備えた超高真空ポンプと考えることができ,この超高真空と無重量状態の利用は新しい性質をもつ金属および非金属材料の製造に利用できるものと期待されている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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