安芸三郎左衛門(読み)あき・さぶろうざえもん

朝日日本歴史人物事典 「安芸三郎左衛門」の解説

安芸三郎左衛門

没年:寛文11(1671)
生年:生年不詳
江戸前期の土佐紙業開発者。名は家友。安芸城主安芸国虎の一族と伝えられる。安芸氏の没落後土佐国(高知県)吾川郡波川城主波川玄蕃清宗の後室養甫尼(長宗我部元親の妹)を頼り,成山(伊野町)に居住した。伊予(愛媛県)の旅人新之丞(彦兵衛ともいう)より朱善寺紙の製法を習い,さらに黄,浅黄,紫,柿,桃,萌黄の七色紙を開発した。家友は技術のもれるのを恐れ新之丞を殺したと伝える。山内一豊の入国後,給田1町と総伐畑を与えられ,御用紙方役,幡多郡代官に任じられ製紙業の発展に尽くした。七色紙は土佐藩の特産品となり,幕府へ献上された。<参考文献>寺石正路『続土佐偉人伝』,平尾道雄土佐藩工業経済史

(山本大)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「安芸三郎左衛門」の解説

安芸三郎左衛門 あき-さぶろうざえもん

1597-1671 江戸時代前期の製紙家。
慶長2年生まれ。安芸国虎(くにとら)の一族といわれる。土佐成山(高知県伊野町)の養甫尼(ようほに)とともにすみ,七色紙をつくりだす。山内氏の入国後は高知藩の用紙方,幡多郡(はたぐん)代官をつとめた。寛文11年10月死去。75歳。名は家友。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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