実録物(読み)じつろくもの

精選版 日本国語大辞典 「実録物」の意味・読み・例文・類語

じつろく‐もの【実録物】

〘名〙 事実に空想をまじえて潤色し、読者の興味をひくように書かれた読物脚本。お家騒動をあつかった「伊達騒動」や仇討をあつかった「赤穂義士」などの類。講釈師が語った話を詳しくした講談の丸本を整理したものが多く、僧一音の「越後記」に起源を求める説もある。実録。
※雁(1911‐13)〈森鴎外〉二〇「昼間はいつも眼鏡を掛けて貸本を読んでゐる。それも実録物(ジツロクモノ)とか講談物とか云ふ『書き本』に限ってゐる」

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デジタル大辞泉 「実録物」の意味・読み・例文・類語

じつろく‐もの【実録物】

小説・歌舞伎狂言などの一系統で、事実に虚構をまじえて興味本位につくられたもの。
江戸時代講釈師の口述を書き留めた講談台本などを書写した読み物。お家騒動物さばき物・仇討あだうち物・武勇伝などがある。実録本。実録体小説
1または直接講談をもとに脚色された歌舞伎狂言。明治初期から中期に盛行。

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改訂新版 世界大百科事典 「実録物」の意味・わかりやすい解説

実録物 (じつろくもの)

小説,講談,歌舞伎狂言の一系統。実録によった読み物,狂言の意。事実を正確に写すというのではなく,虚構の中に真実を伝えようとするものを意味する。この名称は近代に入ってから近世の一類の読み物に与えられたもの。実録体小説ともいう。古くは〈写本物〉〈軍談の双子〉といわれ,写本で行われ,貸本屋が扱った点が注目される。薄い本で,文字が大きく読みやすいところに特色がある。多くは講談の丸本を整理したもので,原本はおおむね講釈師の手になった。《真書太閤記》《大岡政談》などはとくに有名である。実録体小説にはお家騒動物,仇討,さばき物,武勇伝などがあり,《伊達対決》《越後評定》などがよく知られている。仇討では曾我,伊賀越,赤穂が著名。実録体小説があらわれるのは宝暦(1751-64)のころで,講談が発達し,小説が不振になったための所産である。寛政(1789-1801)のころになって実録体小説は読み物としての強い性格をもつようになった。実録体小説は,講釈種の合巻や読切一代記物の進出のために嘉永(1848-54)以後急速に衰えた。そして1883年(明治16)ごろから活版印刷で刊行され,写本はついに滅亡した。

 歌舞伎における実録物は,明治になって生じた荒唐無稽な筋をきらう近代合理主義の所産であり,演劇としては低調な現象であるが,《実録先代萩》《実録忠臣蔵》《実録天神記》など,古典歌舞伎の代表作の実録化が行われた。その方法は,時代物だけではなく,世話物でも採用されて《実録の助六》《実録伊勢音頭》などが生まれた。1874年3月東京村山座初演の《夜討曾我狩場曙》をはじめとして河竹黙阿弥は次々に実録物を書いた。76年6月東京新富座初演の《実録先代萩》すなわち《早苗鳥伊達聞書(ほととぎすだてのききがき)》は《伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)》の実録化であり,83年10月新富座初演の《千種花音頭新唄(ちぐさのはなおんどのしんうた)》は《伊勢音頭恋寝刃》の実録化であった。そのほか《天衣紛(くもにまごう)上野初花》《扇音々(おうぎびようし)大岡政談》などのように講談から取材した実録物もある。歌舞伎における実録とは,実説にもとづいた脚色というよりも,江戸時代の実録本による脚色である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「実録物」の意味・わかりやすい解説

実録物
じつろくもの

江戸時代の読み物の一種。1722年(享保7)幕府の発した出版取締令によって、徳川氏に関係した事柄、世上の噂(うわさ)や実際にあった事件などを素材にした小説類や演劇台本などは、すべて公刊・公演が不可能となった。その結果、そのような内容のものは、すべて作者不明の写本で、貸本屋を通じて読者の手に渡ることになった。その多くは、講釈師の口述を書き留めた講釈台本を書き写したもので、総称して実録物という。実録というが、多く虚構を交えたものである。内容から、中世以来の合戦を記した軍談物、伊達(だて)騒動などの裁判記録の形をとる評定(ひょうじょう)物、京都所司代板倉父子や江戸町奉行(ぶぎょう)大岡越前守(えちぜんのかみ)らの裁判記録を世話読み物化した捌(さば)き物、曽我(そが)兄弟や伊賀(いが)越えの仇討(あだうち)などの仇討物、戦国の英雄の事蹟(じせき)をつづった史伝物などに大別しうる。写本で行われていたために作者や成立時期の考証が困難であり、かつ文芸性に乏しいために研究者も少なく、近世文芸の一ジャンルとして一般には認められていない。しかし、寛政(かんせい)の改革以降、たとえば合巻(ごうかん)の最初とされる式亭三馬(しきていさんば)の『雷太郎強悪物語(いかずちたろうごうあくものがたり)』(1806)が、天明(てんめい)(1781~89)ごろの実録物『天明水滸伝(すいこでん)』に取材していると伝えられ、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)編の人情本『清談峯初花(せいだんみねのはつはな)』(1819)が1809年(文化6)ごろ成立の実録小説『江戸紫』を編纂(へんさん)したものであるなど、読本(よみほん)や合巻、初期人情本などの伝奇的小説に多くの素材を提供しているなど注目されるところで、今後の研究が期待されている。

[神保五彌]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「実録物」の意味・わかりやすい解説

実録物
じつろくもの

江戸幕府は享保7 (1722) 年出版取締令によって,幕府に関することをはじめ,事実や噂に基づく作品の公刊を禁止した。そのためそれらは写本で伝えられるのみとなったが,多くは講釈師の台本の書写であり,貸本屋を通して一般読者に読まれた。これを実録物といい,軍談物,評定物,裁判物,仇討物,史伝物に大別される。実録物自体の文学性は乏しいが,寛政の改革以降の近世小説に多くの素材を提供した。広義には読本の一ジャンルと考えられている。

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