小坂象堂(読み)こさか・しょうどう

朝日日本歴史人物事典 「小坂象堂」の解説

小坂象堂

没年:明治32.6.2(1899)
生年:明治3.9.26(1870.10.20)
明治期の日本画家。兵庫県出石郡生まれ。旧姓島村,名は力松。明治19(1886)年京都に出て,粟田口陶器工場で陶画を描く。22年半年間上京し,帰洛後,京都府画学校に入学するが,まもなく退学。25年再び上京し,日本青年絵画協会,日本絵画協会などで受賞,橋本雅邦寺崎広業を知る。また一方,29年から浅井忠洋画を学び,明治美術会にも出品,31年には東京美術学校(東京芸大)西洋画科の浅井教室の助教授となっている。その日本画作品は,「野辺」(東京芸大蔵)などのように,多分に西洋絵画を摂取した水彩風のもので,将来を嘱望されていたが,30歳の若さで夭逝した。

(佐藤道信)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小坂象堂」の解説

小坂象堂 こさか-しょうどう

1870-1899 明治時代の画家。
明治3年9月26日生まれ。京都で陶器の絵付けをしながら日本画をまなぶ。上京して橋本雅邦(がほう)らを知り,浅井忠(ちゅう)に洋画をまなんだ。明治31年東京美術学校(現東京芸大)助教授。明治32年6月2日死去。30歳。但馬(たじま)(兵庫県)出身。京都府画学校中退。旧姓は島村。本名は力松。代表作に「野辺」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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