(読み)ヘ(英語表記)flatus

翻訳|flatus

デジタル大辞泉 「屁」の意味・読み・例文・類語

へ【×屁】

肛門こうもんから放出されるガス。飲み込んだ空気や、腸の内容物の発酵で生じる。おなら。「をひる」
値打ちのないもの、つまらぬもののたとえ。「にもならない」

ひ【屁】[漢字項目]

[音]ヒ(呉)(漢) [訓]へ
おなら。へ。「放屁

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精選版 日本国語大辞典 「屁」の意味・読み・例文・類語

へ【屁】

〘名〙
① 腸内の消化・発酵作用によって発生し、吸収されないで肛門から排出されるガス。おなら。
新撰字鏡(898‐901頃)「屁 出気也 戸」
② 価値のないもの、つまらないもののたとえ。「へにもならぬ」

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改訂新版 世界大百科事典 「屁」の意味・わかりやすい解説

屁 (へ)
flatus

俗に〈おなら〉ともいう。消化管内から肛門を経て体外に排出される気体のことで,嚥下された空気,食物や消化液中の炭酸水素塩が酸と反応して生じる炭酸ガスCO2腸内細菌による腸内容物の発酵や腐敗で発生する種々のガスおよび血中や組織から拡散してくるガス(肺から血中に入るガスも含む)などに由来する。通常,空気と発酵ガスがおもな起源であるが,各発生源の関与する割合は条件により異なる。屁の量と質に影響する因子には,外気の圧力と成分,食物,消化管の分泌,吸収,運動,括約筋の働きや内圧,消化管壁を介するガスの拡散と壁内循環動態,腸内細菌,内容物の管内各部の通過時間とpH,消化管機能の神経性・体液性調節,心理的葛藤および姿勢などがある。胎児の胃腸内にはガスはなく,出生後はじめてそこに出現するガスはのみ込んだ空気である。成人では普通でも1日数lの空気をのみ込んでおり,その一部が腸へ送られる。ラフィノースなどの消化されない低分子炭水化物を含む豆類,クロストリジウムClostridiumなどの大腸内嫌気性菌,消化管の炎症や吸収障害,精神的緊張などは腸内でガスを多量に発生させる。屁の量は1回数mlから150mlくらいで,1日に1~1.5l,多いときは3l以上にもなる。その組成は条件により変動が著しいが,窒素N2とCO2が多くを占め,ときに水素H2も多くなる。メタンCH4はごく微量か,含まれない場合も多い。酸素O2はつねに0~5%くらいである。特有のにおいは微量の硫化水素メルカプタンや揮発性のアミンなどによる。アンモニアNH3が含まれているか否かははっきりしない。屁は糞便と分離しても排出できるが,その機序は明らかでない。また,屁は便秘,鼓腸,呑気症,妊娠時,開腹手術後の経過,精神症状,X線腹部造影時などの臨床上の問題や高所医学,宇宙医学とも関係が深い。
執筆者:

和名類聚抄》では,屁は〈下部出気也〉というだけだが,《和漢三才図会》では〈按屁人気下泄也〉とし,気が充実していれば高音,少なければ低音で,食物が滞っていればひじょうに臭いといい,人前で放屁することを傍若無人のふるまいと戒めている。屁は英語ではwind,fart,ドイツ語ではWind,Furzという。〈恋は心のおならthe fart of every heartです。しまっておけば苦しくて,気ままにやればおこられる〉(J. サックリング)。森鷗外の《ヰタ・セクスアリス》には,主人公が化学実験中に硫化水素を含むものにFurzがあると答えてドイツ人教師を困らせるくだりがある。一方,ラテン語フラトゥスflatusはそのまま英語,ドイツ語などにも入っているが,胃腸や体腔にガスや空気がたまることをいい,ひいては放屁も意味する。性交の際に腟があたかも放屁のような音を出すことがあり,これを腟排気音と称するが,ラテン語でflatus vaginalis,またはgarrulitas vaginalisという。ガルリタスgarrulitasは鳥のさえずりやぺちゃくちゃしゃべることの意だから,これは〈腟のおしゃべり〉ということになる。

 《マヌ法典》は,身分の高い人に対して放屁した者の肛門を切れといい,放屁を非礼行為としている。また,ヘロドトスの《歴史》第2巻162節には,エジプト人叛徒にそそのかされてこれにくみしたアマシスが,王アプリエスからの使者に対して馬上で尻を浮かして放屁し,これを王に届けよとあざけった話があり,これは侮辱行為としての放屁の例。屁を恥じ嫌ったのはアラビア人だと南方熊楠はいう。《十二支考》によれば,アラビアの商人アブー・ハサンが婚礼の宴席で放屁し,客たちは花婿である彼がこれを苦にして自殺せぬようにと聞こえぬふりをしたが,恥じ入った彼は逃げてインドに渡った。10年後に故郷に帰った際,ある母親が女児にアブー・ハサンが放屁した日にお前は生まれたと語るのを聞き,自分が屁をした日が年齢を数えるのにも使われているのに落胆して再び国外に去ったという。南方はさらに,アラビア人は砂漠の遠くまで行って砂を掘り,その穴に屁をして後再び埋めてくると述べるG.ニービュール《アラビア紀行》の例や,放屁したアラビア商人が友人の怒りにあって殺されかかり,持物すべてを渡して助かったなど,R.ダービユーの《文集》にある話もあげている。放屁を恥じるのは日本でも同じで,《宇治拾遺物語》に,藤大納言忠家がある女房と戯れていたとき,女は〈いとたかくならしてけり〉。興ざめした忠家は口もきけぬ女を残して去り,出家を思い立ったが,女の過ちなのに自分が出家する理由はないと思い直したという話がある。平賀源内は,品川の女郎が放屁を客に笑われて自害せんとし,客たちが口外せぬ旨の証文を書いてとめた話をその《放屁論》に述べている。〈嫁の屁は五臓六腑をかけめぐり〉。

 一方,〈屁は笑い草,煙草は忘れ草〉のたとえのように,屁に関する笑い話は江戸落語《転失気(てんしき)》をはじめ多くある。また,屁をつかんだら200文出せという屁つかみ屋に,亭主はへのこ(男根)をつかまれて半分の100文を取られ,同じく放屁した女房はへへ(女陰)をつかまれて倍額400文を取られたなどの猥談もある。平賀源内の《痿陰隠逸伝(なえまらいんいつでん)》は,男根は〈其父を屁といひ,母を於奈良(おなら)といふ。鳴(る)は陽にして臭きは陰なり。陰陽相激し無中に有を生じて此物を産(む)。因(っ)て字(あざな)を屁子(へのこ)といふ〉と戯(ざ)れているが,《和名類聚抄》に篇乃古は陰核つまり勢(玉茎)のことだとあり,男根の古名はややこしい。さらに《放屁論》跋は,屁の〈音に三等あり。ブツと鳴(る)もの上品にして其形円(まろ)く,ブウと鳴(る)もの中品にして其形飯櫃形(いびつなり)なり,スーとすかすもの下品にて細長くして少(し)ひらたし〉と形態まで論じている。また,両国橋の近くに放屁男(へつぴりおとこ)が出て,〈階子𥧔(はしごべ)数珠(じゆずべ)はいふもさらなり。碪(きぬた)すががき三番叟(さんばそう),三ッ地七艸(くさ)祇園囃,犬の吠声(なきごえ),鶏𥧔(にわとりべ),花火の響きは両国を欺き,水車(みずぐるま)の音は淀川に擬す〉と,その名人芸を紹介している。三番叟屁は〈トツハヒヨロヒヨロヒツヒツヒツ〉と拍子よく,鶏東天紅(にわとりとうてんこう)は〈ブブブウーブウ〉で,水車は〈ブウブウブウと放(り)ながら己が体を車返り,左ながら車の水勢に迫り,汲(くん)ではうつす風情あり〉と芸が細かい。さらに《放屁論》後編では昔話の花咲男(爺)とは放屁男のことだと語っている。ところで花咲爺といえば室町時代の絵巻《福富草紙》は,放屁芸でにわか成金となった高向秀武と,彼にだまされて下剤の朝顔の種を飲み中将の前に糞をまき散らす福富翁の物語である。その筋書は枯木に花を咲かすくだりに似た構成だが,狡猾(こうかつ)な秀武の腕に福富の老妻がかみつく結末までの滑稽譚は,道徳教育的な花咲爺のお伽噺と趣を異にする。むしろ〈コシキサラサラ コヨウの宝をもって スッポンポン〉と屁をたれて山の神を楽しませ木を伐る許しを得た屁っぴり爺と,まねをして糞をしてしまい山の神の不興をかった隣の爺の話のような民話のほうが花咲爺と似ている。

 放屁男はフランスにもいた。1891年パリのレビュー劇場ムーラン・ルージュに出演したピュジョルという男は,30cm離れてろうそくの火を屁で消すだけでなく,国歌《ラ・マルセイエーズ》のルフランを屁で奏でるなどして,見物客の爆笑を誘っている。

 前述の源内《放屁論》後編自序は,日本武(やまとたける)尊東夷征伐のとき,へびすの訛った夷が草に火をつけて大勢で放屁したので火炎が尊のほうになびき,尊は剣を投げて夷の尻を切った。夷が八方へ逃げたゆえ,逃げることを辟易(へきえき)といいはじめたが,辟易とは屁消益のことで,屁が消えて尊の益となったことをいう,また臭いものをなぎちらしたのでこの剣を臭薙(くさなぎ)の宝剣と名づけた,などの駄洒落に終始している。この種の読物は当時少なくなかった。月亭生瀬の《おならの談義》も,〈聖武天のふハおならのミやこニ,大ブウスウでんを建立仕たまふ〉などの下世話な語呂合せ文で綴られている。むしろ民話のなかに底抜けに明るい笑い話がある。例えば〈ダンダッ(だれだ)〉と聞こえる屁をひる男が米倉の番人になって盗人を捕らえる話や,姑を吹きとばすほどの屁をひる嫁が木から果実を落としたり賭けて荷駄をもらったりするので離縁を免れ,部屋の起源となった屁をひる室の〈へや〉をあてがわれた話など。

 〈屁理屈〉〈屁とも思わぬ〉〈屁の河童(かつぱ)〉〈沈香も焚かず屁もひらず〉など,屁はつまらぬもののたとえにあげられる。けれども〈屁の三徳〉といわれるものには,気分が爽快になる,膨満感がとれて空腹になるなど医学的にも理にかなった効果のほかに,尻についた埃がとれる効果もある,といっても,〈百日の説法屁一つ〉にはならないだろう。
スカトロジー →糞(ふん)
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「屁」の意味・わかりやすい解説


肛門(こうもん)から放出された腸内ガスをいう。消化管の中には約200ミリリットルのガスがあり、そのうちの約65%は腸内にたまる。腸内ガスの成分は、おおよそ窒素60%、水素20%、酸素10%、炭酸ガス9%となっており、そのほかに若干のメタンガス、硫化水素などが含まれる。腸内ガスの約70%は口から飲み込まれたもので、20%は血液から拡散してきたものである。また、残りの10%は、腸内にすむ大腸菌・腸球菌・サルモネラ菌などの腸内細菌の作用によって糖質が発酵してできたものなどである。腸内においてタンパク質が腐敗すると、アミノ酸は分解されてインドール、スカトールを生成するが、このとき悪臭のあるガスが発生する。また、肉食をするとメタンガスの量が増すといわれている。腸管の運動が弱いと腸内ガスは長く腸管にとどまることになる。この間に吸収されやすい酸素や炭酸ガスは血管内へと拡散されるが、窒素、硫化水素、メタンガスなどは吸収されにくいため、しだいにガスの濃度が高くなる。腸内ガスは、腸管を刺激し、蠕動(ぜんどう)を盛んにさせる作用があるが、細菌の作用が病的に亢進(こうしん)するとヒスタミンやプトマインなどを生じ、これが腸管を刺激して下痢をおこさせる。このほか、嘔吐(おうと)、発熱、腹痛などの全身的な症状も出現する。また、腸管の運動が弱いと、ガスが腸内にたまって鼓腸をおこし、腹部が膨れてくる。病人の看護の際、ハッカの入った湯で温湿布をすると腸管運動が盛んになって屁が出るようになるが、腸捻転(ねんてん)などの危険もあるため、みだりに行ってはならないとされる。

 腸内ガスのうち、屁となって放出されるのは約90%である。屁のおもな成分は、窒素50%、水素30%、炭酸ガス15%で、酸素、硫化水素のほか、悪臭のもととなるメタンガス、インドール、スカトールによって占められるといわれている。食事や腸の状態によって屁の成分や量は変化し、多いときには1日に1リットル以上もの屁が出ることがある。また、高山に登ると気圧が下がるため、腸内ガスの量は増加する。したがって、高山では屁の量も多く、屁を出す回数が増える。腸管の運動が低下したり、腸が閉塞(へいそく)すると屁は出なくなるが、これをX線透視すると半月形の特徴のある影が数多く認められる。開腹手術のあと医師が放屁(ほうひ)を重視するのは、腸の活動が正常に戻ったか否かの判断基準となるためである。

[市河三太]

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百科事典マイペディア 「屁」の意味・わかりやすい解説

屁【へ】

腸管中の気体が肛門から排出されたもの。腸内容が腸内細菌により分解されて生じたガス,水蒸気,のみ込まれた空気に由来する窒素(酸素は吸収される)からなる。臭気は硫化水素,スカトール,インドールなどによる。開腹手術後しばらく屁が出ないのは腸管蠕動(ぜんどう)運動の一時停止による。

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栄養・生化学辞典 「屁」の解説

 胃腸管内のガスや空気が肛門から排出されること.

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